きらぼしがふぶきの肩を叩いた。
「百発百中だな。すげぇよ」
「この弩を使えば、誰でも百発百中ですよ。むらくも族の狩人は、こういう弩を作る根ざしものを持つんです」
「ふぶきってさ、策士っぽく見えて、意外とめちゃくちゃ正直だよな。自分の実力だとか言ってりゃ、女にモテるだろうに」
「これ以上モテても困りますし」
「なるほど、納得」
軽口を叩きながらも、先陣を切って砦に飛び込んだきらぼしは、わらわらと湧いて出た兵士らに鋭い眼光を飛ばした。真っ先に襲ってきた兵士の戦斧をかいくぐり、屈強な胴に蹴りを入れる。
ゆめさきは目を疑い、息を呑んだ。
グチョリと音を立てて、きらぼしの足は兵士の胴にめり込んだ。異様な状況に、きらぼしも顔をしかめて飛びのく。
「腐ってんじゃねぇか、こいつ!」
別の兵士がきらぼしにつかみかかろうとするのを、ふぶきが矢を放って牽制した。いや、ふぶきは兵士の心臓を射抜いたのに相手を倒せず、牽制にしかならなかった。
「死者の操り人形ですか。胸や胴に核がないということは、頭でしょうね」
「脳天かち割りゃいいってことか。ゆめさき、あんたは下がってろ。ふぶきも後ろから援護しろ!」
ゆめさきはムッとして剣を抜いた。
「わたしも戦うって言ってるでしょ!」
気迫の声とともに突っ込んでいって、胸から矢を生やした死体兵士の頭に剣を振り下ろす。ゴッと硬い手応えの後、グシャリと柔らかいものを掻き混ぜる感触。ゆめさきは顔をしかめ、跳び離れた。
すかさず、きらぼしが踏み込んで、脳漿を垂れ流す死体兵士の顔面に刺突を食らわせた。
「砕いた」
きらぼしがつぶやくと同時に、死体兵士は砂になって崩れる。
ふぶきは矢を放ち、焼けただれた姿の死体兵士を砂にした。その背後から現れた者に、弩を繰る手が止まる。ふぶきは悲痛な声を発した。
「伯父さん!」
血濡れた服はまぎれもなく、むらくも族のものだ。帯の刺繍の紋様に、ゆめさきも見覚えがあった。ふぶきの家の紋様に違いない。
ゆめさきの体が勝手に動いた。ふぶきに手を下させるわけにはいかない。白目を剥いた死体兵士の、それでも端正な顔に剣を叩き付ける。眉間に核のローズクォーツがのぞいていた。ゆめさきの剣は正確に核を割った。
ふぶきの伯父が砂に変じる。
きらぼしが、ゆめさきの背後を守りながら声を張り上げた。
「さっきの襲撃で死んだ村人を、人形戦士は連れ去ったってんだろう? それがこの操り人形ってわけだ。ふぶき、大丈夫か?」
「……ええ。大丈夫です。そして、謎が解けましたよ。すめらぎが皇子を発見したきっかけは、そこで斧を振り上げている男です!」
ふぶきの矢が、話題の死体戦士のこめかみに突き刺さる。頭が傾く反動で、首を一周する粗い縫い目がぶちぶちと千切れた。
ゆめさきは、死体戦士の生前の正体に気が付いた。
「人さらいの仲間! ふくろう町の北で襲ってきた、あの人ね!」
「言われてみりゃ、見覚えのある悪党面が並んでやがるな」
ゆめさきもきらぼしも、口を動かしながら体も動かしている。物言わぬ死体戦士の頭を狙って剣を繰り出し、片っ端から砂に変えていく。
あらしは、援護するふぶきの足下から戦況を見守っている。ふぶきが矢を放ちつつ、状況を整理する。
「すめらぎは操り人形にするための死体を集めていた。嗅覚に優れる手下でもいるんでしょう。ふくろう町の北でぼくたちを襲った悪党どもの死体は、彼らにとって大収穫だった。赤毛の少年の手に掛かったのは、それなりの人数でしたからね」
治安のよいあさぎり国の街道では、旅人が盗賊の被害に遭うことは珍しい。すめらぎも奇異に感じたのだろう。しかも、死体の身なりから察するに、盗賊側が返り討ちされた様子だ。屈強な盗賊を一網打尽にする旅人とは、一体何者なのか。
謎の旅人の足取りを追ううちに、みつるぎ国の出で立ちをした二人とあさぎり国の少女とむらくも族の少年の一行を発見した。彼らが通過した町に立つ噂は、あさぎり国王族との交渉を望む彼らにとって、非常においしいものだった。
みつるぎ国の二人のうち一人、おそらく謎めいた仮面の男こそ、ゆめさき姫さまの結婚相手ではないのか。同世代で気の置けない供回りを連れ、仮面の剣士に身をやつして、独身時代最後のお忍びの旅を楽しんでいるに違いない。
「そうやって、彼はぼくたちに追い付いたんじゃないでしょうか?」
ふぶきが推理を披露し終わるころ、ちょうど死体兵士も全員、片付いた。ゆめさきは息を切らしながら剣をしまった。
「きっと、ふぶきの言うとおりね。街道の宿場町では、わたしのことは内緒にしてって、みんなに頼んだ。みんな頼みを聞いてくれたはずよ。でも、きらぼしやもちづきのことは、噂になってしまったんだと思う」
「お忍びなんだぜ。察してくれよな」
「人の口に戸は立てられないものですよ。姫のお忍びは珍しくありませんから、宿場町のほうでも事情を汲んでくれますけど、みつるぎ国の高貴な何者かとなれば、話は別です。やはり、もっと用心すべきでしたね」
駆けてきたあらしの頭を撫で、ゆめさきは奇妙なことに気が付いた。
「この砦、何だか涼しくない?」
ふぶきは天井や壁の明かりを見渡しながら、こともなげに答えた。
「機巧を多用しているから、冷やしているんでしょうね。王都の時計塔と同じですよ。機巧は熱を発するものだけど、高温になれば部品の劣化が進みます。それに、死体兵士の保存のためにも、高温多湿は禁物でしょう」
「さすが、ふぶきね」
「それほどでも。しかし、ここから先、どうやって進んでいきますか? 砦の図面でもあれば、効率的に、もちづきさんの居場所を探せるんでしょうが」
「あらしに先導してもらえばいいわ。あらしの目には熱が見えるの。砦全体が冷やされてる中では特に、人間や動いてる機械の熱がよく見える。人間がいるほうへ向かっていけば、すめらぎか、もちづきか、どっちかにはたどり着けるはずよ」
人間たちに信頼のまなざしを向けられて、あらしは尻尾を振り、胸を張ってみせた。すぐさま元気よく弾みながら駆け出す。
きらぼしが呆れながら笑った。
「こら、突っ込んでいくな! ったく、ゆめさきそっくりだな」
「え、わたし? 突っ込んでいかないわよ」
「ぼくは、きらぼしさんに同意します」
「ちょっと、ふぶき!」
あらしが向かう先はすぐ行き止まりになり、左右に廊下が分かれている。古い砦は迷路状になっているものだと、ゆめさきは思い出した。どこをどう進んだか、しっかり覚えていなければならない。
ゆめさきたちは、あらしを追い掛けて走り出す。あらしは、すでに行き止まりに到達し、右へと進路を取った。
「待って、あらし! あんまり離れちゃダメよ」
ゆめさきの声に、あらしは振り返り、おとなしくうなずいて速度を落とした。
「百発百中だな。すげぇよ」
「この弩を使えば、誰でも百発百中ですよ。むらくも族の狩人は、こういう弩を作る根ざしものを持つんです」
「ふぶきってさ、策士っぽく見えて、意外とめちゃくちゃ正直だよな。自分の実力だとか言ってりゃ、女にモテるだろうに」
「これ以上モテても困りますし」
「なるほど、納得」
軽口を叩きながらも、先陣を切って砦に飛び込んだきらぼしは、わらわらと湧いて出た兵士らに鋭い眼光を飛ばした。真っ先に襲ってきた兵士の戦斧をかいくぐり、屈強な胴に蹴りを入れる。
ゆめさきは目を疑い、息を呑んだ。
グチョリと音を立てて、きらぼしの足は兵士の胴にめり込んだ。異様な状況に、きらぼしも顔をしかめて飛びのく。
「腐ってんじゃねぇか、こいつ!」
別の兵士がきらぼしにつかみかかろうとするのを、ふぶきが矢を放って牽制した。いや、ふぶきは兵士の心臓を射抜いたのに相手を倒せず、牽制にしかならなかった。
「死者の操り人形ですか。胸や胴に核がないということは、頭でしょうね」
「脳天かち割りゃいいってことか。ゆめさき、あんたは下がってろ。ふぶきも後ろから援護しろ!」
ゆめさきはムッとして剣を抜いた。
「わたしも戦うって言ってるでしょ!」
気迫の声とともに突っ込んでいって、胸から矢を生やした死体兵士の頭に剣を振り下ろす。ゴッと硬い手応えの後、グシャリと柔らかいものを掻き混ぜる感触。ゆめさきは顔をしかめ、跳び離れた。
すかさず、きらぼしが踏み込んで、脳漿を垂れ流す死体兵士の顔面に刺突を食らわせた。
「砕いた」
きらぼしがつぶやくと同時に、死体兵士は砂になって崩れる。
ふぶきは矢を放ち、焼けただれた姿の死体兵士を砂にした。その背後から現れた者に、弩を繰る手が止まる。ふぶきは悲痛な声を発した。
「伯父さん!」
血濡れた服はまぎれもなく、むらくも族のものだ。帯の刺繍の紋様に、ゆめさきも見覚えがあった。ふぶきの家の紋様に違いない。
ゆめさきの体が勝手に動いた。ふぶきに手を下させるわけにはいかない。白目を剥いた死体兵士の、それでも端正な顔に剣を叩き付ける。眉間に核のローズクォーツがのぞいていた。ゆめさきの剣は正確に核を割った。
ふぶきの伯父が砂に変じる。
きらぼしが、ゆめさきの背後を守りながら声を張り上げた。
「さっきの襲撃で死んだ村人を、人形戦士は連れ去ったってんだろう? それがこの操り人形ってわけだ。ふぶき、大丈夫か?」
「……ええ。大丈夫です。そして、謎が解けましたよ。すめらぎが皇子を発見したきっかけは、そこで斧を振り上げている男です!」
ふぶきの矢が、話題の死体戦士のこめかみに突き刺さる。頭が傾く反動で、首を一周する粗い縫い目がぶちぶちと千切れた。
ゆめさきは、死体戦士の生前の正体に気が付いた。
「人さらいの仲間! ふくろう町の北で襲ってきた、あの人ね!」
「言われてみりゃ、見覚えのある悪党面が並んでやがるな」
ゆめさきもきらぼしも、口を動かしながら体も動かしている。物言わぬ死体戦士の頭を狙って剣を繰り出し、片っ端から砂に変えていく。
あらしは、援護するふぶきの足下から戦況を見守っている。ふぶきが矢を放ちつつ、状況を整理する。
「すめらぎは操り人形にするための死体を集めていた。嗅覚に優れる手下でもいるんでしょう。ふくろう町の北でぼくたちを襲った悪党どもの死体は、彼らにとって大収穫だった。赤毛の少年の手に掛かったのは、それなりの人数でしたからね」
治安のよいあさぎり国の街道では、旅人が盗賊の被害に遭うことは珍しい。すめらぎも奇異に感じたのだろう。しかも、死体の身なりから察するに、盗賊側が返り討ちされた様子だ。屈強な盗賊を一網打尽にする旅人とは、一体何者なのか。
謎の旅人の足取りを追ううちに、みつるぎ国の出で立ちをした二人とあさぎり国の少女とむらくも族の少年の一行を発見した。彼らが通過した町に立つ噂は、あさぎり国王族との交渉を望む彼らにとって、非常においしいものだった。
みつるぎ国の二人のうち一人、おそらく謎めいた仮面の男こそ、ゆめさき姫さまの結婚相手ではないのか。同世代で気の置けない供回りを連れ、仮面の剣士に身をやつして、独身時代最後のお忍びの旅を楽しんでいるに違いない。
「そうやって、彼はぼくたちに追い付いたんじゃないでしょうか?」
ふぶきが推理を披露し終わるころ、ちょうど死体兵士も全員、片付いた。ゆめさきは息を切らしながら剣をしまった。
「きっと、ふぶきの言うとおりね。街道の宿場町では、わたしのことは内緒にしてって、みんなに頼んだ。みんな頼みを聞いてくれたはずよ。でも、きらぼしやもちづきのことは、噂になってしまったんだと思う」
「お忍びなんだぜ。察してくれよな」
「人の口に戸は立てられないものですよ。姫のお忍びは珍しくありませんから、宿場町のほうでも事情を汲んでくれますけど、みつるぎ国の高貴な何者かとなれば、話は別です。やはり、もっと用心すべきでしたね」
駆けてきたあらしの頭を撫で、ゆめさきは奇妙なことに気が付いた。
「この砦、何だか涼しくない?」
ふぶきは天井や壁の明かりを見渡しながら、こともなげに答えた。
「機巧を多用しているから、冷やしているんでしょうね。王都の時計塔と同じですよ。機巧は熱を発するものだけど、高温になれば部品の劣化が進みます。それに、死体兵士の保存のためにも、高温多湿は禁物でしょう」
「さすが、ふぶきね」
「それほどでも。しかし、ここから先、どうやって進んでいきますか? 砦の図面でもあれば、効率的に、もちづきさんの居場所を探せるんでしょうが」
「あらしに先導してもらえばいいわ。あらしの目には熱が見えるの。砦全体が冷やされてる中では特に、人間や動いてる機械の熱がよく見える。人間がいるほうへ向かっていけば、すめらぎか、もちづきか、どっちかにはたどり着けるはずよ」
人間たちに信頼のまなざしを向けられて、あらしは尻尾を振り、胸を張ってみせた。すぐさま元気よく弾みながら駆け出す。
きらぼしが呆れながら笑った。
「こら、突っ込んでいくな! ったく、ゆめさきそっくりだな」
「え、わたし? 突っ込んでいかないわよ」
「ぼくは、きらぼしさんに同意します」
「ちょっと、ふぶき!」
あらしが向かう先はすぐ行き止まりになり、左右に廊下が分かれている。古い砦は迷路状になっているものだと、ゆめさきは思い出した。どこをどう進んだか、しっかり覚えていなければならない。
ゆめさきたちは、あらしを追い掛けて走り出す。あらしは、すでに行き止まりに到達し、右へと進路を取った。
「待って、あらし! あんまり離れちゃダメよ」
ゆめさきの声に、あらしは振り返り、おとなしくうなずいて速度を落とした。