ゆめさきは、ふぶきをつかまえて、投石機の腕木を指差して訊いた。

「腕木はシーソーみたいな構造になってるけど、支点は中心に置かないのね?」
「ええ。見てのとおり、片方を短く、片方を長くしてあります。短いほうには錘を吊るす。すると、長い腕のほうが高く上がります」

「そうなるわね。長い腕から縄が下がってるけど?」
「縄の先に砲弾を装填するための籠を付けます。投擲するときは、まず長い腕を引っ張って下ろし、その状態で固定して、砲弾を装填する。この状態では、短い腕の錘が上がってますよね。次に、長い腕の固定を外します。すると、どうなるでしょう?」
「えっと……」

「短い腕の錘が落下する反動により梃子の原理で長い腕が振り上がりその先に設置された縄が遠心力によって振り回され装填された砲弾が飛び出すという、要するに、梃子の原理を使って落下力を仕事の力に替える上に遠心力を活用することで砲弾の飛距離を従来の梃子の原理のみによる投石機よりも飛躍的に上昇させることに成功した非常に画期的にして合理的な設計の投石機なんです」

 凄まじい速さで繰り出された説明に、ゆめさきは目を白黒させた。きらぼしは、初めからこの投石機について知っていたおかげで、ふぶきの専門的で偏執的な論調にも一応ついて行けたらしい。ゆめさきのために、柔らかい言葉で説明した。

「要するに、こいつは、何千年も前から使われてる型の投石機とは性能が全然違うんだよ。大型化できる設計のおかげで、投擲の飛距離が半端じゃねえ。もし崖に橋が架かってたら、おれの脚で、向こうまで一分半ってところか。これくらいの距離なら余裕で飛ばせる」

 ふぶきが嬉々として解説を加えようとする気配を察して、ゆめさきは、あらしをふぶきの顔面に押し付けた。あらしは嬉々として、ふぶきの肩やら頭やらによじ登って、繊細な顔や銀色の髪にじゃれ付く。
 悲鳴を上げるふぶきをよそに、ゆめさきは、きらぼしに質問した。

「古い投石機は小型だったの?」
「ああ。腕木が匙の形をした投石機、見たことねぇか? 匙が梃子の役目を果たすんだ。投擲するときは、匙を倒して窪みに砲弾を載せて、匙をもと状態に戻す反動で、砲弾を飛ばす」

「簡単な仕組みよね。その投石機は大型化できないの?」
「できない。匙を跳ね上げるのは、人力を使うんだ。匙に縄をくくり付けておいて、一斉にそれを引く。こういうやり方だから、二百人級の投石機がせいぜいだった。飛ばせる砲弾も、大人の男よりも軽い程度のもの。射程の長さも、この崖を越えるにはまったく足りねえ」

「なるほど。今ここで造ってる投石機なら、構造的な限界を超えられるのね」
「ああ。錘の重さや腕木に吊るす縄の長さを変えることで、飛距離の調整もできるしな。問題は連射ができねぇ点だが、今回は一発飛ばすだけだから大丈夫だ。おれとふぶきの体重を足しても、こいつが昔ガンガン飛ばしてた砲弾一個の重さにも満たない」

 ゆめさきはムッとして、きらぼしの発言を訂正した。
「きらぼしとふぶきだけじゃなくて、わたしとあらしも行くわ」
「やっぱり来るのか」

「何度も言わせないで。わたし、黙って待ってるなんてできないわ。だって、わたしがみんなを旅に巻き込んだりしなければ、こんなことにはならなかった。世間知らずで威勢がいいだけで迷惑をかけてばっかりの自分が、悔しい……」

 言いながら、今もまた迷惑をかけていると気付いて、声がしぼんでいく。危険とわかっている奪還作戦に首を突っ込むのは、きっと多大なる迷惑だ。
 王女として生きなければならないのだから、おとなしい性格という根ざしものを持って生まれてきたかった。あるいは、好奇心だとか感情だとか、動き回るための原動力の一切を、いっそのこと持たずに生まれてきたかった。

 うつむいたゆめさきの頭に、ポンと温かいものが載せられた。きらぼしの手のひらだった。

「砦に突入する前に、体にいくつか傷を付けておけ。ここから先、何が起こるかわからねえ。身を守るためには、ちょっとでも強くなってるほうがいい。痛みで動きが鈍るようじゃ本末転倒だが。おれがやってやろうか?」

 顔を上げると、きらぼしの不安げな表情があった。

「何でそんな顔してるの?」
「力を発揮するためとはいえ、女の体が傷を負わなきゃならねぇのが、何ていうか、イヤだなと思ってさ」
「きらぼしは、しなくていいわ。わたしが自分でやる」

 笑ってみせると、きらぼしは眉尻を下げ、不安を留めたままの笑顔で応えた。