「気分は晴れましたか?」

 ふぶきはきらぼしの姿を認め、作業の手を止めて問うた。きらぼしはうなずき、広場の様子を見渡す。

「何を始めたんだ? ずいぶんとデカいもんを造ってるみたいだが」
「はやぶさ砦に手っ取り早く突入するための手段ですよ。崖に橋を架け直すのは、むらくも族の根ざしものを以てしても時間がかかりすぎる。崖の下から砦に通じる隠し通路もあるらしいんですが、不確かな情報です。ほかの道は……」
「ああ、崖を迂回してあっち側に行く道は、街道をずいぶん戻らなきゃいけないんだったな。ここに来る前、分かれ道で、あんたが教えてくれた」

 ゆめさきは小首をかしげた。
「一人ずつでよければ、わたしが飛んで運んであげられるわよ」

 ふぶきは勢いよくかぶりを振った。
「そういう考えなしな行動は慎んでくださいと、前にも言ったでしょう!? 抱えて飛ぶ案は却下です!」
「わかってるけど、背に腹は代えられないって言うじゃないの! 今は、胸がどうのこうのって話をしてる場合じゃないわよ」

 ふぶきは顔を真っ赤にして手元の図面に視線を落とした。現実的な反論を出したのは、きらぼしだった。

「人ひとり抱えてゆっくり飛んでたんじゃ、砦の上で見張ってる模型の鳥に撃ち落とされるぞ。あいつらに攻撃の隙を与えない速度で突っ込む必要がある。この図面、そういう意味だろ?」
「はい。きらぼしさんは、これをご存じで?」
「武器や兵器だ類は、一通り知ってるんでな」

 ゆめさきは、ふぶきが手にする図面をのぞき込んだ。ふぶきが先ほど書庫に取りに行ったのは、これだったのだろう。込み入った図面の右肩に、それが何を造るための説明であるかが記されている。

「投石機? 石や鉄の弾を投げるための兵器よね?」
 ふぶきは、ゆめさきの確認に合格の印を押さなかった。

「投げるものは、それだけじゃありませんよ。火薬仕込みの爆発する砲弾、さらに鉄屑まで仕込んで攻撃力を上げた砲弾、目潰しの香辛料を仕込んだ砲弾、疫病を発生させる腐った死体、自軍から出た汚物、刈り取った敵将の首、それから……」

「わ、わかったから! 要するに、何でも飛ばせるのね?」
「そのとおりです。使用例は少ないんですが、敵への攻撃だけではなく、味方に対して投擲をおこなうこともあったんですよ。祭礼のとき、花吹雪や紙吹雪が舞うように仕掛けをしたり。はやぶさとひよどりの双子要塞では、連絡手段としても使っていたようです」

「連絡手段?」
「落下時に傘が開く仕掛けを施した荷物を、投石機で相手に送るんです。投石機の整備や投擲の照準を誤らなければ、途中で敵軍に奪われる心配はない。投石機を使用した時代の記録によれば、機械と意思を通じる根ざしものの持ち主が任務に当たっていたそうです」

 きらぼしがニヤリと挑戦的に笑った。
「ふぶきの案、読めたぜ。おれら自身が砲弾になって投げられて、はやぶさ砦に乗り込むんだな?」
「ご明察。少々危険はありますけど、やってみる価値はあるでしょう。落下時に開く傘でどの程度まで着地の衝撃を緩和できるか、今はその計算をし直しているところです」

 ゆめさきは、すでに半ば姿を現しつつある投石機を見上げた。組み上げられる木材は、ひよどり村の城壁や鐘楼よりも高い。

「どこからこんな大きな木材を持ってきたの?」
 誰にともなく問うと、通りがかったむらくも族の男が、照れくさそうに名乗りを上げた。
「これは、私と弟の仕事です。壊された工房に積んであった木材を継いで、このとおり。私ら兄弟の根ざしものは、継ぎ目を作らずに木材を継ぐ、という力ですから」

 彼とは別のやや若い男が、ひょろりとした体で飛んできて、ゆめさきに説明した。
「継ぎ接ぎして大きくした木材を頑丈にしたのは、ぼくなんです。ぼくの根ざしもの、木材の中の湿気や密度を調整できるんですよ。何だそれって感じかもしれませんが、木彫り職人にとっては、かなり役に立つ力なんです」

 大きく重い木材を組み立てるのは、むらくも族ではない、もとからひよどり村に住んでいた家系の農夫たちだ。畑の土まみれになっている間だけ怪力を発揮するという一家が中心になり、ふぶきの指示を受けて、投石機を造っていく。