きらぼしは切れ長な目に強い光を宿し、鋭い表情をした。
「事情が読めてきた。さっきこの村を襲ったのは、ふぶきの氏族とは別の、むらくも族の末裔ってことか。和平条約とやらの軛から逃れてきた連中が、あさぎり国に居場所を求めて迷い込んだ」
「きらぼしさんは勘が鋭くて話が早い。助かりますよ」
「ついでに言やあ、さっきの連中、むらくも族全体の王族か何かなんだろう。氏族長の血を引くじいちゃん、あんたが敬うほどの身分で、根ざしものの力が異常に強い野郎だ」
きらぼしの射るような視線を受け、ふぶきの祖父はうなだれた。
「お察しのとおりじゃ。あのおかたは、すめらぎさまと名乗られた。根ざしもののお力があれほどまでに強いとあっては、疑いようもない。シャーの一族の末裔であられる」
「シャーの一族? 特別な存在ってことか?」
きらぼしの疑問に、ふぶきが答える。
「シャーとは、むらくも族の古語で、王という意味です。地方によっては、カァンの一族とも呼びますけどね」
現在では、みつるぎ国を含む北方大陸圏の全土で共通の公用語が使われている。自国の古語をまったく理解しない者も増えてきた。
むらくも族はそうではないと、ふぶきは言う。殊に根ざしものを扱う際、人形や細工物に力を込めために付ける名は必ず、むらくも族の古語から取るのだ。
ふぶきの祖父が話を再開した。
「大地に根付かぬむらくも族が、国としてのまとまりを保つための唯一の要が、同じ神話と伝説に基づく系図を持っておることじゃった。シャーの一族は、むらくも族の神話や伝説に最も近い存在。ゆえに最も強い力を持つ存在として、どの氏族も敬っておった」
各々の氏族で一筋縄ではいかぬ災いが起きたとき、シャーの一族に裁定を乞い、助力を仰いだ。まれに見るほど強力な根ざしものを持つ者が現れれば、シャーの一族に報告し、しかるべき婚姻の導きを受けた。
百年に一度の大寒波、他国から持ち込まれた流行病、突如として激増した狼、二つの有力氏族による抗争。唄に残された歴史の中で、シャーの一族はその類まれなる力を振るい、あらゆる困難を退けてきた。
しかしながら、と、しわがれた声が昔語りを続ける。
「百年前に始まった周辺諸国からの領土侵犯には、シャーの一族もついに膝を屈した。五十年ほど前に、一族全員が虜囚の身となった。彼らは残らず処刑されたと、わしは子どものころに聞いた」
「でも、生き残りがいたのね」
「さようです、姫さま。むらくも族でなくては、彼らがシャーであろうとの確証など得られますまいが、我らにはわかるのです。あのおかたは、まさしく、王であられる。ゆえに我らは戸惑い、あさぎり国王陛下も戸惑っておられます」
「父上が? なぜ? シャーの一族がこの地にいること、父上はご存じなの?」
ふぶきの祖父は目をしばたたき、眉尻を下げて困り顔をした。きらぼしが黒髪を掻きながら、投げ付けるように正論を述べた。
「王都は、ゆめさき姫の婚礼で沸き立ってる。むらくも族っていう難しい問題、しかもその王族がひそかに国境を侵して入り込んだらしいなんて重要案件を、ほいほいと公にできる時期じゃねぇだろ」
「そんな! わたしは王位継承者なのよ。難しい問題でも何でも、きちんと知っておきたいのに!」
「あんたが成人した王子なら、箔を付けるためにも、一個師団をくっ付けて調査なり交渉なりに派遣されるところだろう。が、婚礼直前のひよっこ姫君に、そんな大事件を任せる王や朝廷は皆無だろうよ」
ゆめさきは黙った。悔しいが、きらぼしが指摘するとおりだ。
二年前、西方辺境伯が謀反を企てたときも、派遣されたのは軍事職に就く又従兄で、ゆめさきは決着が見えたころにようやく一連の事情について知らされた。単なる謀反ではなく、父を憎みそうになるほどの一大事だった。
シャーの一族がはやぶさ砦に入ったのは、半年ほど前、冬の初めのことだったという。すめらぎ、と名乗る首領が掲げるのは故国の奪還。その手段は戦で、彼はむらくも族の戦士を求めている。
ふぶきの祖父が、すめらぎから送られた手紙を帯に縫い込んで持ち歩いていた。上質な薄紙を開くと、金色でむらくも族の古語が、その下に青色で大陸公用語が記され、彼の理想を告げている。
〈あさぎり国に虜囚されるすべてのむらくも族を解放し、故国の平原へ。そこに巣食う侵略者どもを我らの力で撃滅し、誇り高き流浪の血を再び栄えさせんと、余はこころざすものである〉
虜囚という文字が、ゆめさきの胸に刺さった。ゆめさきは、ふぶきの横顔をうかがった。ふぶきは鼻を鳴らした。
「今さら勝手なことを。ぼくは、民を戦に駆り立てる君主なんかに、死んでも頭を下げませんから」
ゆめさきは咄嗟に尋ねた。
「本当にそれでいいの? ふぶきは、むらくも族であることに誇りを持っているでしょう? すめらぎという人こそ、真に仕えるべき王者だと思わないの?」
「思いませんね。姫、今のぼくの感情を説明するために、むらくも族であるかないかは関係ありません。自分は王者であるから必ず正しく、すべての民は自分に従うべきだと暴論を振りかざして村を破壊し、人を殺した。そんな狂った人間に誰が従いますか?」
「すめらぎには目的がある。戦を仕掛けてでも、失われた国土を取り返したいと望むのは、王として、そうする権利があるのかもしれない」
ふぶきは眉間にしわを寄せ、ゆめさきを突き放した。
「姫、ガッカリさせないでください。戦をする権利? 人を殺したり不幸に陥れたりする権利が王者にあるとでも言うんですか?」
「違う、そうじゃなくて……むらくも族には、取り戻したいものがあるはずだから」
「流れ去った時代の出来事です。今はまだわだかまりがある。けれど、流浪の民、むらくも族は、土地から流れて生きることだけではなく、時の流れによって変化していくすべてのことを受け入れて生きてきました。執念など、ぼくたちはいずれ唄に織り込んで忘れます」
ふぶきが祖父を見つめ、祖父がうなずき返して、ゆめさきに静かに告げた。
「姫さま、我らを思いやっていただけるのはありがたい。しかし、あせって答えを出そうとはなさらんでいただきたい。我らにはまだ時間が必要です。ふぶきのような若者が成熟し、物事をよりよく考えられるようになるころ、何らかの道は開けましょう」
「むらくも族の力になりたいと思っているの。本当よ。異国との戦も内乱も、わたしは絶対にイヤ。平和な国をつくりたい」
「なれば、まずは目の前にある問題を解きほぐしてまいりましょう。もちづき皇子殿下がさらわれなさったことを、いかに処せされるおつもりか」
もちづきの名が出た途端、抑えが外れたように、きらぼしが石畳の地面を殴り付けた。無傷の肉体では狂戦士の力を発揮できず、鍛えられているとはいえ十七歳の少年の筋力である。石畳には、ひびも入らなかった。ただ、きらぼしの拳の皮膚が裂け、血がにじんだ。
「結局、もちづきが人質に取られた理由は? 王都在住のむらくも族と引き換えにせよってところか?」
おそらくは、と、ふぶきの祖父がうなずいた。
「皇子殿下には感謝せねば。皇子殿下が名乗りを上げてくださらねば、ひよどり村は全滅の憂き目を見たじゃろう」
「全滅? どういう神経をしていやがるのか、信じられねぇな。すめらぎって男は、本当にあんたらの王なのか? 王が民を皆殺しにするってのかよ?」
ふぶきの祖父は答えない。
きらぼしは舌打ちをし、立ち上がった。ふぶきが彼を見上げる。
「どうするつもりです?」
「もちづきを奪い返しに行く」
「でしょうね。ただ、もちづきさんはそれを望んでなかったみたいですけど」
「おれを王都に逃がそうとしたってんだろ? あいにくだが、あいつのお節介にいちいち付き合ってられるほど、おれはお利巧さんじゃねぇんだよ」
きらぼしは広場を後にし、ずんずんと歩き出す。途中、刀を鞘ごと腰から抜いて、先ほどまで自分を戒めていた赤い帯を巻き付けて拾った。その刀を歪な旗のように肩に担いで、きらぼしは山の畑へと向かっていく。
ふぶきも立ち上がった。ひよどり村の座り込んだ面々を、ぐるりと見渡す。
「ぼくも、きらぼしさんを支持しますよ。何とかして砦に入って、もちづきさんを連れ出したいと思います。みつるぎ国第四皇子の彼が、むらくも族の因縁を清算するために使われるなんて、あまりにも歪んでるでしょう? 不均衡は、美しくない」
ふぶきはスタスタと歩き出す。一度だけ振り返り、祖父に告げた。
「書庫を借ります。橋のないあの砦に入る方法、心当たりがあるんです」
ゆめさきの耳元で、キュイ、と声がした。ハッとしたゆめさきを、あらしが大きな目で見つめている。ゆめさきはぎこちなく微笑んだ。
「わたしも動かなきゃ」
ゆめさきは深呼吸を一つして、立ち上がった。あらしを胸に抱き、きらぼしを追って駆け出す。今、きらぼしを一人にするのは危うい気がした。
「事情が読めてきた。さっきこの村を襲ったのは、ふぶきの氏族とは別の、むらくも族の末裔ってことか。和平条約とやらの軛から逃れてきた連中が、あさぎり国に居場所を求めて迷い込んだ」
「きらぼしさんは勘が鋭くて話が早い。助かりますよ」
「ついでに言やあ、さっきの連中、むらくも族全体の王族か何かなんだろう。氏族長の血を引くじいちゃん、あんたが敬うほどの身分で、根ざしものの力が異常に強い野郎だ」
きらぼしの射るような視線を受け、ふぶきの祖父はうなだれた。
「お察しのとおりじゃ。あのおかたは、すめらぎさまと名乗られた。根ざしもののお力があれほどまでに強いとあっては、疑いようもない。シャーの一族の末裔であられる」
「シャーの一族? 特別な存在ってことか?」
きらぼしの疑問に、ふぶきが答える。
「シャーとは、むらくも族の古語で、王という意味です。地方によっては、カァンの一族とも呼びますけどね」
現在では、みつるぎ国を含む北方大陸圏の全土で共通の公用語が使われている。自国の古語をまったく理解しない者も増えてきた。
むらくも族はそうではないと、ふぶきは言う。殊に根ざしものを扱う際、人形や細工物に力を込めために付ける名は必ず、むらくも族の古語から取るのだ。
ふぶきの祖父が話を再開した。
「大地に根付かぬむらくも族が、国としてのまとまりを保つための唯一の要が、同じ神話と伝説に基づく系図を持っておることじゃった。シャーの一族は、むらくも族の神話や伝説に最も近い存在。ゆえに最も強い力を持つ存在として、どの氏族も敬っておった」
各々の氏族で一筋縄ではいかぬ災いが起きたとき、シャーの一族に裁定を乞い、助力を仰いだ。まれに見るほど強力な根ざしものを持つ者が現れれば、シャーの一族に報告し、しかるべき婚姻の導きを受けた。
百年に一度の大寒波、他国から持ち込まれた流行病、突如として激増した狼、二つの有力氏族による抗争。唄に残された歴史の中で、シャーの一族はその類まれなる力を振るい、あらゆる困難を退けてきた。
しかしながら、と、しわがれた声が昔語りを続ける。
「百年前に始まった周辺諸国からの領土侵犯には、シャーの一族もついに膝を屈した。五十年ほど前に、一族全員が虜囚の身となった。彼らは残らず処刑されたと、わしは子どものころに聞いた」
「でも、生き残りがいたのね」
「さようです、姫さま。むらくも族でなくては、彼らがシャーであろうとの確証など得られますまいが、我らにはわかるのです。あのおかたは、まさしく、王であられる。ゆえに我らは戸惑い、あさぎり国王陛下も戸惑っておられます」
「父上が? なぜ? シャーの一族がこの地にいること、父上はご存じなの?」
ふぶきの祖父は目をしばたたき、眉尻を下げて困り顔をした。きらぼしが黒髪を掻きながら、投げ付けるように正論を述べた。
「王都は、ゆめさき姫の婚礼で沸き立ってる。むらくも族っていう難しい問題、しかもその王族がひそかに国境を侵して入り込んだらしいなんて重要案件を、ほいほいと公にできる時期じゃねぇだろ」
「そんな! わたしは王位継承者なのよ。難しい問題でも何でも、きちんと知っておきたいのに!」
「あんたが成人した王子なら、箔を付けるためにも、一個師団をくっ付けて調査なり交渉なりに派遣されるところだろう。が、婚礼直前のひよっこ姫君に、そんな大事件を任せる王や朝廷は皆無だろうよ」
ゆめさきは黙った。悔しいが、きらぼしが指摘するとおりだ。
二年前、西方辺境伯が謀反を企てたときも、派遣されたのは軍事職に就く又従兄で、ゆめさきは決着が見えたころにようやく一連の事情について知らされた。単なる謀反ではなく、父を憎みそうになるほどの一大事だった。
シャーの一族がはやぶさ砦に入ったのは、半年ほど前、冬の初めのことだったという。すめらぎ、と名乗る首領が掲げるのは故国の奪還。その手段は戦で、彼はむらくも族の戦士を求めている。
ふぶきの祖父が、すめらぎから送られた手紙を帯に縫い込んで持ち歩いていた。上質な薄紙を開くと、金色でむらくも族の古語が、その下に青色で大陸公用語が記され、彼の理想を告げている。
〈あさぎり国に虜囚されるすべてのむらくも族を解放し、故国の平原へ。そこに巣食う侵略者どもを我らの力で撃滅し、誇り高き流浪の血を再び栄えさせんと、余はこころざすものである〉
虜囚という文字が、ゆめさきの胸に刺さった。ゆめさきは、ふぶきの横顔をうかがった。ふぶきは鼻を鳴らした。
「今さら勝手なことを。ぼくは、民を戦に駆り立てる君主なんかに、死んでも頭を下げませんから」
ゆめさきは咄嗟に尋ねた。
「本当にそれでいいの? ふぶきは、むらくも族であることに誇りを持っているでしょう? すめらぎという人こそ、真に仕えるべき王者だと思わないの?」
「思いませんね。姫、今のぼくの感情を説明するために、むらくも族であるかないかは関係ありません。自分は王者であるから必ず正しく、すべての民は自分に従うべきだと暴論を振りかざして村を破壊し、人を殺した。そんな狂った人間に誰が従いますか?」
「すめらぎには目的がある。戦を仕掛けてでも、失われた国土を取り返したいと望むのは、王として、そうする権利があるのかもしれない」
ふぶきは眉間にしわを寄せ、ゆめさきを突き放した。
「姫、ガッカリさせないでください。戦をする権利? 人を殺したり不幸に陥れたりする権利が王者にあるとでも言うんですか?」
「違う、そうじゃなくて……むらくも族には、取り戻したいものがあるはずだから」
「流れ去った時代の出来事です。今はまだわだかまりがある。けれど、流浪の民、むらくも族は、土地から流れて生きることだけではなく、時の流れによって変化していくすべてのことを受け入れて生きてきました。執念など、ぼくたちはいずれ唄に織り込んで忘れます」
ふぶきが祖父を見つめ、祖父がうなずき返して、ゆめさきに静かに告げた。
「姫さま、我らを思いやっていただけるのはありがたい。しかし、あせって答えを出そうとはなさらんでいただきたい。我らにはまだ時間が必要です。ふぶきのような若者が成熟し、物事をよりよく考えられるようになるころ、何らかの道は開けましょう」
「むらくも族の力になりたいと思っているの。本当よ。異国との戦も内乱も、わたしは絶対にイヤ。平和な国をつくりたい」
「なれば、まずは目の前にある問題を解きほぐしてまいりましょう。もちづき皇子殿下がさらわれなさったことを、いかに処せされるおつもりか」
もちづきの名が出た途端、抑えが外れたように、きらぼしが石畳の地面を殴り付けた。無傷の肉体では狂戦士の力を発揮できず、鍛えられているとはいえ十七歳の少年の筋力である。石畳には、ひびも入らなかった。ただ、きらぼしの拳の皮膚が裂け、血がにじんだ。
「結局、もちづきが人質に取られた理由は? 王都在住のむらくも族と引き換えにせよってところか?」
おそらくは、と、ふぶきの祖父がうなずいた。
「皇子殿下には感謝せねば。皇子殿下が名乗りを上げてくださらねば、ひよどり村は全滅の憂き目を見たじゃろう」
「全滅? どういう神経をしていやがるのか、信じられねぇな。すめらぎって男は、本当にあんたらの王なのか? 王が民を皆殺しにするってのかよ?」
ふぶきの祖父は答えない。
きらぼしは舌打ちをし、立ち上がった。ふぶきが彼を見上げる。
「どうするつもりです?」
「もちづきを奪い返しに行く」
「でしょうね。ただ、もちづきさんはそれを望んでなかったみたいですけど」
「おれを王都に逃がそうとしたってんだろ? あいにくだが、あいつのお節介にいちいち付き合ってられるほど、おれはお利巧さんじゃねぇんだよ」
きらぼしは広場を後にし、ずんずんと歩き出す。途中、刀を鞘ごと腰から抜いて、先ほどまで自分を戒めていた赤い帯を巻き付けて拾った。その刀を歪な旗のように肩に担いで、きらぼしは山の畑へと向かっていく。
ふぶきも立ち上がった。ひよどり村の座り込んだ面々を、ぐるりと見渡す。
「ぼくも、きらぼしさんを支持しますよ。何とかして砦に入って、もちづきさんを連れ出したいと思います。みつるぎ国第四皇子の彼が、むらくも族の因縁を清算するために使われるなんて、あまりにも歪んでるでしょう? 不均衡は、美しくない」
ふぶきはスタスタと歩き出す。一度だけ振り返り、祖父に告げた。
「書庫を借ります。橋のないあの砦に入る方法、心当たりがあるんです」
ゆめさきの耳元で、キュイ、と声がした。ハッとしたゆめさきを、あらしが大きな目で見つめている。ゆめさきはぎこちなく微笑んだ。
「わたしも動かなきゃ」
ゆめさきは深呼吸を一つして、立ち上がった。あらしを胸に抱き、きらぼしを追って駆け出す。今、きらぼしを一人にするのは危うい気がした。