端正な姿の人形戦士は、もちづきを顔の前に掲げ、ニヤリと笑った。もちづきは冷静だった。静かによく通る声で告げる。

「交渉などと上等なことを言うたところで、今ここでおぬしが為しているのは破壊と犯罪にほかならぬ。斯様な君主について行く民がどれほどおるのか?」
〈この期に及んで命乞い一つせぬとは、みつるぎ国第四皇子よ、なかなか肝が据わっておるな。その虚勢、いつまで持つか楽しみだ〉

 ゆめさきは我知らず、首を左右に振った。
「皇子だなんて、もちづき」

 もちづきは、人形師の核を宿してほくそ笑む巨大な人形戦士に、堂々と言い放つ。
「虚勢ではない。誇りだ。例え死すとも、私はおぬしの言いなりにはならぬ。あさぎり国王族を相手取っての交渉に、使いたければ使うがよい。賢明なるあさぎり国王陛下が応じられるとは思わぬがな」

〈ほう。自分が人質としての価値を持たぬと?〉
「さよう、私は無益だ」
〈なぜそう言い切る?〉

 もちづきが黒髪を振り立て、見栄を切るように、張りのある声で笑った。芝居だと、ゆめさきにはわかる。完璧な芝居だ。巨大な人形の手に捕らえられた、仮面の皇子という役柄。華麗なほどの舞台を、もちづきは凛として演じている。

「私の身分はいまだ、矮小なる島国の第四皇子、すなわち飼い殺しの穀潰しに過ぎぬ。ゆめさき王女殿下と婚姻を結んでおらぬばかりか、公の場でお会いしたことすらない」

〈とはいえ、あさぎり国にとって特別な客分であることに相違はあるまい?〉
「どうであろうな? 私の身代わりとなり得る者など、いくらでもいる。私の存在におぬしの悲願を賭けるほどの価値があるか否か、さて、私自身にも、とんとわからぬ」

 もちづきは、また笑う。飼い殺しの穀潰しを名乗り、まるで故国にも婿入り先にも失望しているかのような、厭世的な貴公子がそこにいる。
 違う。もちづきの本質は、そうではないのに。
 けれど、人形戦士を操る何者かは、もちづきの言葉を信じ、芝居を信じ、自嘲の哄笑を信じた。

〈よい。みつるぎの皇子よ、おまえはおもしろい。おまえに賭けるとしよう〉
「酔狂な。私など役に立たぬと言うておるのに」
〈人形の手に囚われ、ひとひねりで殺されるやも知れぬ状況で、こうして笑える男がどれほどいる? おまえなら十分だ。余がせいぜい有用に使うてくれる。穀潰しには本望だろう?〉

 勝手にするがよいと、もちづきは吐き捨てた。人形戦士から顔を背け、鳥籠の中で呆然とする人々にまっすぐな声を飛ばす。
「ひよどり村の民らに命ず。そこで帯に巻かれて伸びている男を、疾く王都へ送り返せ。旅などという酔狂に興じた愚昧な皇子の顛末を、しかるべき身分の者に報告させろ」

〈おい、調子に乗るな〉
「よかろう? おぬしもいずれ王都へ繰り出すのだ。派手に知れ渡り、豪勢に迎えられるほうが好ましかろう」

 なぜ、と、ふぶきがつぶやいた。あらしが飛び出したがっている。ふぶきの腕がそれを阻んでいる。
「もちづきさんは……皇子殿下はなぜ、あんなことをおっしゃる? 姫との婚礼のために入国して、その務めをまっとうなさるべきなのに、こんな無茶な……」

 ゆめさきはふぶきの疑問に答えようとして、かぶりを振る。もちづきが即興で仕立てた芝居の意図が、ハッキリとはわからない。考える材料が不足している。

「それより、交渉とか賭けとか、何の話? あの人形戦士を操っているのは誰? むらくも族の誰かなんでしょう?」
「ええ、推測はつきますが」

 苦悶の声が聞こえた。もちづきが人形戦士の手に握られ、圧迫されている。やがて、もちづきは動かなくなった。ひよどり村の人々がざわめく。

〈安心せい。殺してはおらぬ。骨の一、二本、折れたやもしれぬがな〉

 そして、幕が下りた。
 五体の人形戦士は村人の死体を拾い、破れた城壁を乗り越えて村を出ていった。崖の端に至ると、次々と姿を変え、五羽の鳥になる。鳥は崖を飛び越えて、対岸にそびえる無骨な砦へ吸い寄せられていく。

「はやぶさ砦にいるのは誰? みつるぎ国の皇子を連れ去って、死体を持ち帰って、何をしようとしてるの?」

 ゆめさきは人形の行く末を見届け、つぶやいた。村を焼く火はすでに消え、煙の匂いだけがくすぶっている。
 ガラガラと、何かが崩れる音がした。人々を閉じ込めた鳥籠が壊れ、木屑や鉄屑になって散乱している。
 同じとき、きらぼしを戒める帯が、パサリと力を失った。赤い帯が絡み付いた格好で倒れ、長い黒髪を乱したきらぼしは、ひどく美しい人形のように見えた。