あさぎり国の第一王女、十六歳のゆめさき姫は、王朝開闢以来、最も際立った存在であると、国じゅうの誰もが知っている。
 ゆめさきの本名が、まず非常に際立っている。人々から寄せられたあらゆる祝辞を詞として詰め込んだ結果、王国史上最長と呼べるほどに長いのである。

「夢の見初めし春の野の、風にそよげる花に似て、日の輝きに照り映えて、星と月とに彩られ、雨と土とに愛さるる、たおやかにして健やかなる、天女の見えざる翼にて、朝霧かかる国土をも、翔けて巡りて光り成し、天地時空をあまねく統べ、民の心を導きて、幸わうあしたをいざなう乙女」

 この世界に住まうほとんどの者が一続きの詩となった真名を持ち、普段はそれを略した仮名で呼ばれるが、ゆめさきの真名の長さは規格外である。正式な儀礼の場では必ず長ったらしく名乗らねばならず鬱陶しいのが、姫の悩みだ。
 とはいえ、あさぎり国の民の多くは、愛すべきゆめさきの名をきちんとそらんじている。むろん恐れ多いため公然と口にする者などいないが、その実、ゆめさきの最も長く最も美しい名を、国でいちばん流行っている唄よりずっと正確に歌うことができるのだ。

 長く大仰な名に負けないくらいに、ゆめさきは優秀で風変わりな姫君である。
 ゆめさきは非常に聡明な頭脳の持ち主だ。国内最高の学術機関、王都学林の試験でさえ、十六歳の若年にして鮮やかに解いてしまう。
 また、乗馬や狩猟、剣術や弓術は男より優雅にこなして腕がよい。歌や楽器やダンスといった王侯貴族のたしなみにも、むろん通じている。

 さらに特筆すべきはその美貌である。豊かな金髪と白い肌、ルビーのように冴え冴えとした目は、あさぎり国王家の高貴なる血統を色鮮やかに体現している。
 単に美しいだけでなく、愛嬌のにじむ顔立ちであることがまた、人々の胸に強く印象を焼き付ける。薔薇色の唇は、黙って閉じていても両端が上がり、ひとたび開けば頬にえくぼが現れる。彼女と向き合う者は、つられておのずと笑顔になってしまう。

 しかしながら、かくも優秀な美貌の姫君が次期女王として何の問題もないかと言えば、そうではない。むしろ問題しかないほどだと、一時は大臣たちの間で深刻な議論が交わされていた。

 曰く、ゆめさきは、あまりにもおてんばなのだ。
 人並み程度のおてんばならば、俊才ぞろいの宮廷学士や精鋭ぞろいの近衛兵がそこまで手を焼くこともない。厄介なのは、ゆめさきが持つ「根ざしもの」、つまり、生まれついての特殊な能力である。

 この世界では、誰もが根ざしものを授かって生まれてくるのは周知のとおりだ。根ざしものは通常、一人につき一つだけ備わっている。
 他方、国や部族の王は必ず二つの根ざしものを持っており、逆に言えば、二つの根ざしものを持つ者こそが王の資格を備えているわけである。

 ゆめさきの根ざしものは、まれに見るほど力が強い。特に、空を飛ぶ能力に関しては、ゆめさきが練習に練習を重ねた結果、いにしえの伝説に登場する天女もかくやと言うほどに、自由に使いこなしている。
 空に逃げられてしまえば、誰も手出しができない。宮廷や王都を囲う城壁は人の背丈に五倍するほどの高さがあるが、ゆめさきの前には何の意味も持たない。

 おてんばが過ぎるゆめさきだが、その実、浅はかでも無謀でもなかった。夢中になったら止まらない自分の性質を自覚して、自分を諫めてくれる面倒見のよい友達を宮廷内外につくっているのだ。
 友達は、同世代の少年少女もいるが、大人もいるし、うんと年寄りもいる。彼らは軒並み口うるさく、いっそ不敬とも言えるほどだ。まわりはハラハラするようだが、ゆめさき本人はニコニコして、彼らの小言を聞き入れたり聞き流したりする。

「本気で心配してもらえるんだもの。わたし、そうやって目を掛けてもらえること、本当に嬉しいのよ。いつもありがとう」

 ゆめさきの笑顔に敵う者はいない。だから、結局のところ、ゆめさきのおてんばは許されてしまって、父王の頭痛の種が増える。母である王妃は、危険なことさえしなければいいじゃないのと、いつしか悟りを開いてしまった。

 そんなゆめさきも、そろそろ年頃である。ゆくゆくは戴冠し、あさぎり国を統治することも決定しているため、隣国から婿として皇子を迎える運びとなった。正式に婚約が決定し、発表されたのがおよそ半年前だ。

 ゆめさきは反発しなかった。子どもでなくなることには少し寂しさを覚えたけれど、新しいことに挑戦するのだというワクワクした気持ちもある。一生に一度の結婚式なのだから、大事な思い出にするために精いっぱい努めようと決めた。
 そしてもう一つ、決めたことがある。夏になったら、あらしを竜の谷まで見送りに行こう。父王の力に頼らず、姫君の行幸としてではなく、子ども時代の最後の思い出に冒険の旅をしてみようと、ひそかに計画を立てたのだった。