あさぎり国の町や村は、例外なく、高く厚い「城壁」でぐるりと囲まれている。あさぎり国の古語では、「城」とは「人が集まって住み、壁で囲まれた場所」という意味だ。町や村の「城壁」も、もちろん、同じところに語源がある。

 大陸の歴史を振り返れば、平和で安定した時代というのが案外少ない。平原に建つあさぎり国では、町や村が自衛のために城壁を持つのは自然なことだった。
 あさぎり国と各国との和平が成立して三十年ほどになるが、城壁を築く伝統は当然のものとして受け継がれている。町や村の端を見渡せば、必ず城壁が目に入る。そうでなくては、あさぎり国の民は落ち着いて眠れない。

 みつるぎ国では事情が違うらしい。街道から外れ、宿場町ふくろうの城壁を木陰から見上げながら、きらぼしはその名のとおり、目にキラキラと星を躍らせている。

「おもしれえ! 話には聞いてたが、土を固めて造った壁で町全体を囲んでるって、本当だったんだな。同心円の街並みといい、石畳の街道といい、みつるぎ国にはないものばっかりだ。目と鼻の先にある国なのに、こんなに違うもんなんだな」

 ゆめさきには意外だった。
「きらぼし、あなた、みつるぎ国を出たことがなかったの?」
「なかったよ。港がある皇都に住んでいながら、船に乗ったことすらほとんどなかった。今回の旅では、船の甲板に上って景色を眺めてた。いつも海の向こうに見えてたあさぎり国の王都がどんどん近付いてくるのが不思議で、すげぇ嬉しくて」

「あ、その気持ち、わたしもわかるわ。みつるぎ国に初めて渡ったとき、同じことを感じたもの。城壁のない、木造の建物がまっすぐ連なる街並みは、わたしにとって不思議で、ワクワクした」
「そっか。お姫さんは、みつるぎ国に来たことあったんだ。そのとき会えりゃよかったのにな」

「仕方ないわよ。わたし、遊びに行ったわけじゃないもの。公務がビッシリ詰まってて、ちっとも外に出歩けなかった。難しい顔をした大人とばかり話さなきゃいけなくて、毎日ぐったり疲れたわ」
「ああ、それわかる。おれらも今回、いろいろ仕事があって、王都の中を見て回れずにいたんだ。だから欲求不満でさ、夜中に抜け出しちまってたんだけど。な、もちづき?」

 もちづきは黙ってうなずき、ふくろう町の城壁を見上げた。
「あさぎり国の城壁は、やはりずいぶん高く、強固な建築物なのだな。戦の世においても、この壁が民の暮らしを守っていたのか」

 ふぶきが嬉しそうな笑みを浮かべて、城壁を指差しながら説明を始めた。
「城壁の構造、おもしろいんですよ。あさぎり国の土は特殊で、水を混ぜて突き固めると、石のように固くなるんです。あさぎり国では、城壁を始めとする大型の建造物は、この固めた土を使って築くんですよ。その工法、版築っていうんですけど」
 物作りが好きで得意なふぶきは、細工物や建築について、こうやって語り出したら止まらない。

 城壁の基礎は人の身長の倍ほども深く地面を掘り下げてある。城壁の地上部分は民家の屋根よりもずっと高い。湿らせた土を薄く敷き、突き固めて乾かし、さらに土を敷いて突き固めて乾かす。それを何十層、何百層と積み重ねて、城壁は造られる。
 もちづきは城壁を「建造物」と表現したが、確かに城壁は単なる薄い壁ではなく、その上を馬車が走れる程度の厚みを持っている。戦乱の時代には、城壁上に守備軍が配置され、外敵の侵入を防いだものだ。