東の遠い山並から、夏の太陽が顔を出す。山の端には淡い霧が立ち込め、紅を溶かしたような光がにじみながら、朝を渡る風を暖めていく。
 季節は初夏。青々とした森の木々が一年でいちばん元気な色で、日の光に輝いている。今日は暑くなるかもしれない。

 一行は北へ北へと街道を進む。ゆめさきは、あらしとの出会いを、きらぼしともちづきに語った。
「十二年前、わたしが四歳だったころ、父上の行幸に初めて同行したの。行った先は、あさぎり国の北方一帯。いろんな町を巡ったわ。その中で、北の国境近くにある、あさぎり国の民とむらくも族が住む村のそばで、あらしを拾ったの」

 村の名は、ひよどり村という。ふぶきの祖父母を始めとする、天然石と木彫りの装飾品を作るむらくも族の職人たちが、もとからその地に住む農民たちと助け合って、ひっそりと暮らしている。
 山がちの土地は険しく、畑の実りは多くないが、十二年前の行幸では他のどこの町や村よりも温かな歓待を受けたと、ゆめさきは覚えている。ふんぞり返った偉い人が出てこなかったから、ここはいい場所だと思った。

 あらしは、村の裏手から尾根を一つ越えた先にある、竜の谷の入口に落ちていた。朝霧の中を飛び立つ母竜の袋から卵がこぼれ落ちるのを、ゆめさきは目撃したのだ。気になって見に行ったら、卵の殻をまとったままのあらしが眠っていた。
 竜の仔を抱きかかえ、父王のもとに飛んで帰ると、いきなり行方不明にならないでくれと皆に泣かれた。袋銀竜の仔を拾ったことには、引っ繰り返らんばかりに驚かれた。

 渡り竜はすでに飛び立っていた。拾った以上、見捨てるわけにもいかない。目を開いた仔竜は、あっという間にゆめさきに懐いたが、さて何を食べさせればよいのやら、父王にも側近たちにもまるで見当もつかなかった。

「むらくも族が助けてくれたのよ。ね、ふぶき?」
「助けたというほどのこともないでしょう。むらくも族の失われた故国は、竜が多く棲む土地でしたし、幾種類もの渡り竜が訪れる土地でもありました。そうした竜の伝説を語る唄を、むらくも族は誰でも歌えます」

 なるほどと、きらぼしが手を打った。
「その唄の中に、あらしを育てるための知恵がちゃんと伝わってたってわけか。竜の仔が何を食って、どれくらい寝て、どんな性格で、その牙や爪に危険があるかどうか」

「そうなの。それと、袋銀竜が竜の谷を訪れるのが十二年に一度であることも、竜の谷で卵が孵ることも、むらくも族の唄をもとに資料を調べて、確認が取れた。だから、わたし、小さいころから決めてたの。十六歳になったら、あらしを竜の谷に連れていこうって」

 それは、あらしとの別れを意味する。十二年を一つの周期とする袋銀竜の渡りの習性は、いわば、人間の根ざしものと同じだ。あらしの中にも、もちろん渡りの習性がある。それを抑え込むことはできないし、してはならない。
 あらしは人間の言葉を理解するから、この旅が持つ意味もわかっている。あらしは旅立ちを嫌がらなかった。空も飛べないほど幼くても、あらしは自分が何者なのか、きちんと知っているのだ。

 今さらだが、と、もちづきが前置きした。ゆめさきではなく、ふぶきに問うている。
「竜の谷まで何日ほどの行程なのだ?」

「馬の並足で旅をすれば、五日か六日といったところですよ。ちなみに、竜の谷を迂回した先にある国境線まで、王都から一週間です。国土の広さは、みつるぎ国と同じくらいですよね」

「面積の話をするならば、そうだな、同じくらいだ。しかし、みつるぎ国は平地が少なく、山河が入り組んでいる。国の端から端まで旅をするには、この街道を進むようにはいかぬ。山を越えるときには訓練された馬に乗り、川は舟で越えていく」

 みつるぎ国は島国だ。もちづきが言うように、中央にそびえる霊山が活火山であったころに形成された地形は峻険で、大きな町は海岸線沿いの平地に集中している。皇都は島の北に位置し、海を挟んで、あさぎり国の王都と対面する格好だ。

 あさぎり国は、北方大陸の最南端の海際に建っている。東と北と西をぐるりと山脈で囲まれた平地の国だ。水の都として知られる王都は、東西から流れて合した大河が海へと流れ込む河口部にあって、古くから優秀な港として栄えていた。

 ゆめさきは手をひさしにして前方を見やった。朝の光にきらめく尖塔が、街道の並木の向こうに確認できる。
「最初の目的地には、もうすぐ着くわ。あの町でごはんを食べられるわよ」

 そう言った途端、ゆめさきは急に空腹感に襲われた。ぐぅ、と誰かの腹が鳴ったように聞こえたが、ゆめさきが振り向いても、男三人は素知らぬ顔を決め込んでいた。