高校生にもなって、あれほどにもSNSが普及した時代にもなって、僕たちは交換日記という古式ゆかしき習慣を持っていた。たった3年前の話だ。
 幼いと笑う人も、時代遅れだと笑う人も、いるだろう。
 正直僕だって、最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた。
 でも人生で最初にできた可愛い彼女ににっこり微笑まれて「ダイチくん、交換日記、しよっ!」とグイッとパステルカラーのノートを差し出されたら、誰だってやるだろう?


 高校一年生になって初めてできた僕の彼女は、控えめに言って個性的、オブラートに包まずに言えば変わり者。
 僕がその日起きたことについてささっと(つまりは手抜きで)筆を走らせ、昼休みに手渡すと、
「ダイチくん、今日の交換日記、すごく手抜きだったよ!」と五時間目のさいちゅうにLINEしてくる。ちゃんと先生の話を聞きなさい、と突っ込みたかった。
 じゃあLINEで毎日やり取りすればいいじゃん、という話だが、それには彼女は首を縦に振らなかった。
「LINEだとメッセージ性が薄れるじゃない」
 なんだかよくわからないけれど、手っ取り早いコミュニケーションを彼女は苦手とするらしかった。
 よくわからなかった彼女の主張も、次第に何となく理解できるようになっていった。
 紙のノートに手書きすると、ゆっくりと考えをまとめることができるのだ。何より、返事を急かされなくて済む。あくまで自分のペースで、気のゆくまで日記を書くことができる。徐々に僕は適当に筆を走らせたりはしなくなった。

 例えば、ある日の日記。

『四時間目の体育の授業、ふと時間の流れについて考えた。
 僕たちは時間は均等に過ぎてゆくものだと勘違いしている。しかしそれは誤りだ。大人のためのビデオを見る1時間は本当にあっという間に過ぎていく。1時間では実に足りない。つい2時間ほど見たくなる。
 しかし体育の、特に器械体操の1時間はなかなか通り過ぎてくれない。しかるにそれは僕の体が硬いせいであり、僕が体育を好きではないからだ。』

……云々。


 放課後にそのノートを渡したところ、すぐLINEが来た。

「ねえ、今日の日記の中の『大人のためのビデオ』ってなあに?」
「知らなくてもいいよ」

 翌日、ビンタされた。