「アイト、見て! 合格した! あたし、響告大に受かった!」
あたしはスマホで撮ってきたばかりの写真をアイトの鼻先に突き付けた。普段どおり、病室の車椅子に腰掛けて読書をしていたアイトが、ぱっと笑顔になる。
「おめでとう。四月からは無事に大学生だね」
「アイトが勉強を教えてくれたおかげだよ! ほんとにありがとう!」
「マドカが努力したからだよ。よく頑張ったね」
十日前に高校を卒業した。今日が大学入試の結果発表だった。あたしは、国立大学である響告大学の薬学部に合格できた。
一年半前にアイトと出会ったころの成績では、とてもじゃないけど、響告大学を受けられるレベルじゃなかった。合格できたのは、やっぱりアイトのおかげだ。
あたしの家庭教師はアイトだった。あたしが響告大学を受けられるレベルになるまで、わからないところがあるたびに、とことん教えてくれた。
アイトは、アバタを使って学習した知識のすべてを記憶している。頭の中に何種類もの辞書が入っている状態。差し詰め、歩く百科事典だ。
計算スピードは、さすがにコンピュータではなくなったけど、それでも普通の人間よりずっと速い。優秀な研究者である春久先生が、学習させすぎたと、よく苦笑いしている。
あたしの成績は順調に伸びた。効率のいい勉強のやり方だったのかはわからない。ただ、勉強すればするほど、知ることが楽しくなった。もっと学びたいと思うことが、どんどん増えた。
志望する学部を選ぶのは難しかった。父のようにコンピュータを極めてみたい。母のように人の命を救う仕事をしてみたい。春久先生のように難病治療の研究もしてみたい。
結果的に薬学部を選んだのは、化学も生物も物理も総合的に学べる学部だから。将来、どんな道に進むかわからないけれど、まずはとにかく全部やってみたいと思ったんだ。
ニーナがピンク色にぴかぴかして、アイトにまとわり付いている。アイトはくすぐったそうに笑いながら、ニーナを優しく撫でてくれた。
「マドカは、大学生になったら忙しくなるのかな?」
アイトは小首をかしげた。笑顔がどこか寂しそう。あたしは慌てて言い募った。
「大丈夫だよ! あたし、今までどおりアイトに会いに来るから! あのね、学生証が手に入ったら、大学の図書館も利用できるようになるの。アイトも一緒に忍び込んでみようよ。あ、学食とかも、一緒に探検しよう!」
「マドカにそういう時間があればね。サークルやバイト、するでしょ?」
「サークルは入らないよ。バイトはもう決まってるの。ユキさんの手伝いと、おとうさんの手伝い」
「プロフェッサ・一ノ瀬の手伝い?」
「プログラミングをやるの。おとうさんひとりで追い付いてないぶんの入力作業。このバイトをやってれば、工学部の情報系の授業を受けるのと同じくらい、コンピュータの技術が身に付くんだって」
工学部で情報工学の勉強もしてみたかったけど、そこには一つ、大きな問題があった。授業担当が父になっちゃったら、恥ずかしくて仕方ない。
でも、バイトだったら大丈夫。バイトの先輩には、いつだったか工学部の建物に入れてくれた、ニーナを見ても平然としていた金出さんがいる。それも頼もしい。
アイトが、くすっと笑った。
「マドカ、今日はほんとに嬉しそう。笑顔がすごく明るくて輝いてる。かわいいよ」
「ちょっ……あ、えーっと」
しどろもどろになるあたしに、アイトは目をぱちぱちさせた。
アイトは見栄や嘘や建前を持っていなくて、お世辞を絶対に言わない。情緒の表現は、ものすごく率直だ。
そう、率直なの。アイトは本気で、あたしのことをかわいいと言ってくれる。あたしの両親や春久先生がいるところでもだ。あたしはどう反応していいか、わからない。
あたしはスマホで撮ってきたばかりの写真をアイトの鼻先に突き付けた。普段どおり、病室の車椅子に腰掛けて読書をしていたアイトが、ぱっと笑顔になる。
「おめでとう。四月からは無事に大学生だね」
「アイトが勉強を教えてくれたおかげだよ! ほんとにありがとう!」
「マドカが努力したからだよ。よく頑張ったね」
十日前に高校を卒業した。今日が大学入試の結果発表だった。あたしは、国立大学である響告大学の薬学部に合格できた。
一年半前にアイトと出会ったころの成績では、とてもじゃないけど、響告大学を受けられるレベルじゃなかった。合格できたのは、やっぱりアイトのおかげだ。
あたしの家庭教師はアイトだった。あたしが響告大学を受けられるレベルになるまで、わからないところがあるたびに、とことん教えてくれた。
アイトは、アバタを使って学習した知識のすべてを記憶している。頭の中に何種類もの辞書が入っている状態。差し詰め、歩く百科事典だ。
計算スピードは、さすがにコンピュータではなくなったけど、それでも普通の人間よりずっと速い。優秀な研究者である春久先生が、学習させすぎたと、よく苦笑いしている。
あたしの成績は順調に伸びた。効率のいい勉強のやり方だったのかはわからない。ただ、勉強すればするほど、知ることが楽しくなった。もっと学びたいと思うことが、どんどん増えた。
志望する学部を選ぶのは難しかった。父のようにコンピュータを極めてみたい。母のように人の命を救う仕事をしてみたい。春久先生のように難病治療の研究もしてみたい。
結果的に薬学部を選んだのは、化学も生物も物理も総合的に学べる学部だから。将来、どんな道に進むかわからないけれど、まずはとにかく全部やってみたいと思ったんだ。
ニーナがピンク色にぴかぴかして、アイトにまとわり付いている。アイトはくすぐったそうに笑いながら、ニーナを優しく撫でてくれた。
「マドカは、大学生になったら忙しくなるのかな?」
アイトは小首をかしげた。笑顔がどこか寂しそう。あたしは慌てて言い募った。
「大丈夫だよ! あたし、今までどおりアイトに会いに来るから! あのね、学生証が手に入ったら、大学の図書館も利用できるようになるの。アイトも一緒に忍び込んでみようよ。あ、学食とかも、一緒に探検しよう!」
「マドカにそういう時間があればね。サークルやバイト、するでしょ?」
「サークルは入らないよ。バイトはもう決まってるの。ユキさんの手伝いと、おとうさんの手伝い」
「プロフェッサ・一ノ瀬の手伝い?」
「プログラミングをやるの。おとうさんひとりで追い付いてないぶんの入力作業。このバイトをやってれば、工学部の情報系の授業を受けるのと同じくらい、コンピュータの技術が身に付くんだって」
工学部で情報工学の勉強もしてみたかったけど、そこには一つ、大きな問題があった。授業担当が父になっちゃったら、恥ずかしくて仕方ない。
でも、バイトだったら大丈夫。バイトの先輩には、いつだったか工学部の建物に入れてくれた、ニーナを見ても平然としていた金出さんがいる。それも頼もしい。
アイトが、くすっと笑った。
「マドカ、今日はほんとに嬉しそう。笑顔がすごく明るくて輝いてる。かわいいよ」
「ちょっ……あ、えーっと」
しどろもどろになるあたしに、アイトは目をぱちぱちさせた。
アイトは見栄や嘘や建前を持っていなくて、お世辞を絶対に言わない。情緒の表現は、ものすごく率直だ。
そう、率直なの。アイトは本気で、あたしのことをかわいいと言ってくれる。あたしの両親や春久先生がいるところでもだ。あたしはどう反応していいか、わからない。