あたしはアイトの手を取った。
「ねえ、行こう!」
どうして、もっと早く気付かなかったんだろう? 心を全部自由にして、思い描くままに飛び出してみればいいんだって。思い描くままの世界が造れるんだって。
「マドカ、この部屋を離れるの?」
「うん。大丈夫、怖くないよ。あたしが造る世界だから、あたしたちに危害を加える存在なんていない。一緒に行こう、アイト」
ドアを開けると、そこは青い空の中だった。白い光の一本道が伸びて、足下には、遠い外国の田舎町みたいな風景が広がっている。
これは、昔プレイしたゲームの風景だ。聖なる鳥の大きな翼に身を委ねて、白い雲を突っ切りながら、眼下に見晴らした風景。
あたしは、空の一本道に足を踏み出した。二人が並んで歩けるくらいの道幅。手すりはない。でも、あたしは少しも怖いと感じない。あたしはアイトの手を握って、まっすぐ歩いていく。
どこに行こう? と悩むまでもなく、不思議なくらいあっさりと目的地は決まった。
「学校に行こっか」
「学校? でも、マドカは学校が嫌いじゃないの?」
「現実の学校は嫌い。現実っていう世界全部が嫌い。でも、ここには、あたしとアイトしかいない」
「そう、ぼくたち以外には、誰もいないよ。マドカがこの世界のためのスペースを切り取って、ほかのネットワークの介入を完全にブロックしてる」
「あたし、この世界なら愛せるの。だって、あたしは、この世界でなら普通になれる。そしたら、学校だって嫌いじゃなくなる」
「好きでいたかったの? 学校という場所」
「全部だよ。あたしは、自分が生きてる世界のこと、本当は好きでいたかった。嫌いたくなんかなかった。だから、そのぶん、この世界を愛するよ。きれいで優しい世界にする」
一本道が階段になる。階段が下りていく先に、何の変哲もない鉄筋コンクリート造の校舎がある。校庭に向かう大きな時計を見れば、もうすぐ始業のベルが鳴るころだ。
あたしはアイトを振り返った。
いつもの白い上着とズボンとスニーカー。その格好じゃ、気分が出ないでしょ。あたしは、詰襟の制服を思い描く。念じる。冴え冴えと明るい脳内の平原に、きらきらと、一条の光が駆け抜ける。
アイトが、あっと声をあげた。
「服のグラフィック・プログラムを書き換えるの?」
「うん。制服にしよう。アイトは、すごくきっちり着てそうだよね」
コツは、もうつかんである。三、二、一で合図をしたら、アイトの足下から順にグラフィックが置き換わっていく。
粒子状の光が寄り集まって形を作る。形ができた順に着色されて、光がスッと、服の色の中になじんでいく。ほんの数秒後には、制服姿に着替えたアイトが、あたしの前に立っていた。
アイトが自分の体を見下ろして、小首をかしげて観察して、顔を上げてあたしを見つめた。
「マドカの制服は、現実のものと違う」
「だって、セーラー服のほうがかわいいなって思って。憧れてたの」
「セーラー服? 憧れ?」
よくわかっていないらしいアイトに、あたしは笑いかけた。
「ほら、アイト、早く行こう! ぐずぐずしてたら遅刻しちゃうよ!」
アイトの手を取って、空の階段を駆け下りる。
「マドカ、慌てると危ない」
「へーきだってば!」
こんなシーンに憧れていた。ありふれているようで、絶対にあり得ない。
あたしは、ぴりぴりするくらい完璧に冴えた頭で、叶いっこない夢を見ている。
「ねえ、行こう!」
どうして、もっと早く気付かなかったんだろう? 心を全部自由にして、思い描くままに飛び出してみればいいんだって。思い描くままの世界が造れるんだって。
「マドカ、この部屋を離れるの?」
「うん。大丈夫、怖くないよ。あたしが造る世界だから、あたしたちに危害を加える存在なんていない。一緒に行こう、アイト」
ドアを開けると、そこは青い空の中だった。白い光の一本道が伸びて、足下には、遠い外国の田舎町みたいな風景が広がっている。
これは、昔プレイしたゲームの風景だ。聖なる鳥の大きな翼に身を委ねて、白い雲を突っ切りながら、眼下に見晴らした風景。
あたしは、空の一本道に足を踏み出した。二人が並んで歩けるくらいの道幅。手すりはない。でも、あたしは少しも怖いと感じない。あたしはアイトの手を握って、まっすぐ歩いていく。
どこに行こう? と悩むまでもなく、不思議なくらいあっさりと目的地は決まった。
「学校に行こっか」
「学校? でも、マドカは学校が嫌いじゃないの?」
「現実の学校は嫌い。現実っていう世界全部が嫌い。でも、ここには、あたしとアイトしかいない」
「そう、ぼくたち以外には、誰もいないよ。マドカがこの世界のためのスペースを切り取って、ほかのネットワークの介入を完全にブロックしてる」
「あたし、この世界なら愛せるの。だって、あたしは、この世界でなら普通になれる。そしたら、学校だって嫌いじゃなくなる」
「好きでいたかったの? 学校という場所」
「全部だよ。あたしは、自分が生きてる世界のこと、本当は好きでいたかった。嫌いたくなんかなかった。だから、そのぶん、この世界を愛するよ。きれいで優しい世界にする」
一本道が階段になる。階段が下りていく先に、何の変哲もない鉄筋コンクリート造の校舎がある。校庭に向かう大きな時計を見れば、もうすぐ始業のベルが鳴るころだ。
あたしはアイトを振り返った。
いつもの白い上着とズボンとスニーカー。その格好じゃ、気分が出ないでしょ。あたしは、詰襟の制服を思い描く。念じる。冴え冴えと明るい脳内の平原に、きらきらと、一条の光が駆け抜ける。
アイトが、あっと声をあげた。
「服のグラフィック・プログラムを書き換えるの?」
「うん。制服にしよう。アイトは、すごくきっちり着てそうだよね」
コツは、もうつかんである。三、二、一で合図をしたら、アイトの足下から順にグラフィックが置き換わっていく。
粒子状の光が寄り集まって形を作る。形ができた順に着色されて、光がスッと、服の色の中になじんでいく。ほんの数秒後には、制服姿に着替えたアイトが、あたしの前に立っていた。
アイトが自分の体を見下ろして、小首をかしげて観察して、顔を上げてあたしを見つめた。
「マドカの制服は、現実のものと違う」
「だって、セーラー服のほうがかわいいなって思って。憧れてたの」
「セーラー服? 憧れ?」
よくわかっていないらしいアイトに、あたしは笑いかけた。
「ほら、アイト、早く行こう! ぐずぐずしてたら遅刻しちゃうよ!」
アイトの手を取って、空の階段を駆け下りる。
「マドカ、慌てると危ない」
「へーきだってば!」
こんなシーンに憧れていた。ありふれているようで、絶対にあり得ない。
あたしは、ぴりぴりするくらい完璧に冴えた頭で、叶いっこない夢を見ている。