☆.。.:*・゜
ところが、つまらない毎日に一つの変化が起こった。
それは、家に帰ったらアイトがいる、ということ。
画面の中に住む美少年。彼が何者なのか、わからない。誰かが操作しているとは思えない。言動があまりにも機械的すぎる。
いや、機械「的」というか、たぶん機械だよ。十代半ばくらいの美少年の姿、というパッケージを与えられて、ほぼ真っ白みたいな状態で生み出されたコンピュータプログラム。
どうして真っ白だったんだろうねって、それはわからない。アイトの言葉はまだ、たどたどしい。込み入った会話をするには、時間がかかりそうだ。
それに、言葉だけじゃないんだ。アイトが習得しなければならないものって。
変な言い方になるけれど、アイトには「体」がある。コンピュータ・グラフィックスできれいに作られた、あのパッケージの内側に、人間と同じような「体」の仕組みがプログラムされているらしい。
初めてアイトを見付けたとき、何か動きがおかしいなって思った。それはつまり、全身の筋肉の使い方がわからなかったからだっていうようなことを、アイトは言う。
どういうこと?
でも、とにかく、アイトは言葉を覚えるのと同時に、体の使い方も覚えているらしい。最初は人形っぽかった動きも、だんだん違和感がなくなってきた。
例えて言えば、大きなゲーム会社が本気を出して作ったフルCGのムービー、っていうところかな。本物の人間が演じるのに比べたら、どこかふわふわしているんだけど、その体にも重みがありそうだなっていう雰囲気は伝わってくる。
アイトは、立つことから始めたそうだ、気が付いたら、あの黒い部屋の中にいて、まずは立たなければって思ったんだって。
ちょっと練習したら、立てたらしい。それって、人間の赤ちゃんが一年かけて立てるようになるのと比べると、ちょっとずるい気もするけれど。
立つという機能の次に、アイトが自分で理解して習得したのは、ものの見方と見え方だった。
「ちかづいたら おおきく みえます とおざかったら ちいさく みえます」
「うん、そうだね」
「えんきんかんの ぶつりてき ほうそくは しって いました しかし じっさいに がんきゅうの ないがいの きんにくの うごきを かんちしながら このからだで たいけんするまで ほんとうには りかいして いませんでした」
初めて言葉を交わしてから一週間。アイトのしゃべり方は、だいぶスムーズになっている。長い文章も、ちゃんと日本語らしく聞き取れる。
あたしが教えたんだ。人工音声ソフトに唄を歌わせるっていう遊びなら、小さいころ、父に教わりながら、よくやっていたから。
子音と母音のバランスがポイントで、母音が強すぎると、日本語らしく聞こえない。あたしは、何度も何度もお手本の発音をやってみせた。アイトはそれを聞いて、繰り返し練習した。
効率の悪いプログラムだなって、笑っちゃった。たぶん、アイトの裏側には計算式とかが組み込まれていて、それをいじったら、早いんだろうけど。
でも、アイトのきれいな顔を見て柔らかい声を聞きながら、うまくいくまで練習に付き合ったり、うまくいったら誉めてあげたりするのは、何だか楽しい。
友達ができた感覚? それはわからない。あたしには友達なんていないし。
新しいゲームをプレイする感覚。ちょっとずつレベルを上げていく感覚。ゲームの中で神獣を飼う感覚。そのあたりが近いと思う。アイトの存在は、ストーリーモードじゃなくて、育成シミュレーションだ。
「眼球の筋肉の使い方って言った?」
「はい がんきゅうの うちがわには ないがんきんが あって そとがわには がいがんきんが あります」
「へえ、そうなんだ。最初のころのアイトは、こっちを向いてるのに遠くを見てるような目をしてたね。あれは、焦点が合ってなかったの?」
「しょうてんが あう という かんかく そのものが わかって いませんでした あしを つかって ぜんごうんどうをして まえに でたり うしろに さがったり するうちに ぐうぜん ぞうが はっきりとした りんかくを もちました」
淡いピンク色をした、握りこぶしくらいの大きさのほのかな光が、すーっと右から左へよぎった。あたしの妖精、ニーナだ。
アイトが、視線の動きだけでニーナを追い掛けた。ニーナは天井近くまで舞い上がってから、あたしの肩の上に降ってきた。アイトの視線も付いてくる。
ディスプレイの枠の中にいるアイトから見れば、ニーナはいったん視界から消えて、別の方向から再び現れたことになる。最初のころ、アイトは、そういうニーナの動きと見え方を理解できなくて、ニーナが二つになったと勘違いした。
あたしとアイトの間にあるディスプレイは、はめ殺しの大きな窓みたいだ。窓から見えなくなっても、ものが消滅するわけじゃないってこと、アイトに説明するのは大変だった。
いちいち言われてみたら、確かに、不思議な感じに見えるのかなっても思う。
あたしがディスプレイという窓枠を使って「いないいないばあ」をしたら、アイトは「きょうみぶかいです」なんて言った。そういうところが、アイトはかわいい。
ところが、つまらない毎日に一つの変化が起こった。
それは、家に帰ったらアイトがいる、ということ。
画面の中に住む美少年。彼が何者なのか、わからない。誰かが操作しているとは思えない。言動があまりにも機械的すぎる。
いや、機械「的」というか、たぶん機械だよ。十代半ばくらいの美少年の姿、というパッケージを与えられて、ほぼ真っ白みたいな状態で生み出されたコンピュータプログラム。
どうして真っ白だったんだろうねって、それはわからない。アイトの言葉はまだ、たどたどしい。込み入った会話をするには、時間がかかりそうだ。
それに、言葉だけじゃないんだ。アイトが習得しなければならないものって。
変な言い方になるけれど、アイトには「体」がある。コンピュータ・グラフィックスできれいに作られた、あのパッケージの内側に、人間と同じような「体」の仕組みがプログラムされているらしい。
初めてアイトを見付けたとき、何か動きがおかしいなって思った。それはつまり、全身の筋肉の使い方がわからなかったからだっていうようなことを、アイトは言う。
どういうこと?
でも、とにかく、アイトは言葉を覚えるのと同時に、体の使い方も覚えているらしい。最初は人形っぽかった動きも、だんだん違和感がなくなってきた。
例えて言えば、大きなゲーム会社が本気を出して作ったフルCGのムービー、っていうところかな。本物の人間が演じるのに比べたら、どこかふわふわしているんだけど、その体にも重みがありそうだなっていう雰囲気は伝わってくる。
アイトは、立つことから始めたそうだ、気が付いたら、あの黒い部屋の中にいて、まずは立たなければって思ったんだって。
ちょっと練習したら、立てたらしい。それって、人間の赤ちゃんが一年かけて立てるようになるのと比べると、ちょっとずるい気もするけれど。
立つという機能の次に、アイトが自分で理解して習得したのは、ものの見方と見え方だった。
「ちかづいたら おおきく みえます とおざかったら ちいさく みえます」
「うん、そうだね」
「えんきんかんの ぶつりてき ほうそくは しって いました しかし じっさいに がんきゅうの ないがいの きんにくの うごきを かんちしながら このからだで たいけんするまで ほんとうには りかいして いませんでした」
初めて言葉を交わしてから一週間。アイトのしゃべり方は、だいぶスムーズになっている。長い文章も、ちゃんと日本語らしく聞き取れる。
あたしが教えたんだ。人工音声ソフトに唄を歌わせるっていう遊びなら、小さいころ、父に教わりながら、よくやっていたから。
子音と母音のバランスがポイントで、母音が強すぎると、日本語らしく聞こえない。あたしは、何度も何度もお手本の発音をやってみせた。アイトはそれを聞いて、繰り返し練習した。
効率の悪いプログラムだなって、笑っちゃった。たぶん、アイトの裏側には計算式とかが組み込まれていて、それをいじったら、早いんだろうけど。
でも、アイトのきれいな顔を見て柔らかい声を聞きながら、うまくいくまで練習に付き合ったり、うまくいったら誉めてあげたりするのは、何だか楽しい。
友達ができた感覚? それはわからない。あたしには友達なんていないし。
新しいゲームをプレイする感覚。ちょっとずつレベルを上げていく感覚。ゲームの中で神獣を飼う感覚。そのあたりが近いと思う。アイトの存在は、ストーリーモードじゃなくて、育成シミュレーションだ。
「眼球の筋肉の使い方って言った?」
「はい がんきゅうの うちがわには ないがんきんが あって そとがわには がいがんきんが あります」
「へえ、そうなんだ。最初のころのアイトは、こっちを向いてるのに遠くを見てるような目をしてたね。あれは、焦点が合ってなかったの?」
「しょうてんが あう という かんかく そのものが わかって いませんでした あしを つかって ぜんごうんどうをして まえに でたり うしろに さがったり するうちに ぐうぜん ぞうが はっきりとした りんかくを もちました」
淡いピンク色をした、握りこぶしくらいの大きさのほのかな光が、すーっと右から左へよぎった。あたしの妖精、ニーナだ。
アイトが、視線の動きだけでニーナを追い掛けた。ニーナは天井近くまで舞い上がってから、あたしの肩の上に降ってきた。アイトの視線も付いてくる。
ディスプレイの枠の中にいるアイトから見れば、ニーナはいったん視界から消えて、別の方向から再び現れたことになる。最初のころ、アイトは、そういうニーナの動きと見え方を理解できなくて、ニーナが二つになったと勘違いした。
あたしとアイトの間にあるディスプレイは、はめ殺しの大きな窓みたいだ。窓から見えなくなっても、ものが消滅するわけじゃないってこと、アイトに説明するのは大変だった。
いちいち言われてみたら、確かに、不思議な感じに見えるのかなっても思う。
あたしがディスプレイという窓枠を使って「いないいないばあ」をしたら、アイトは「きょうみぶかいです」なんて言った。そういうところが、アイトはかわいい。