アイトは一瞬で計算したり検索したりできる。特に計算はコンピュータの本領だと言って、とにかく速い。
 そもそも、コンピュータというのは、計算機という意味らしい。文字を打ったり絵を描いたりするためじゃなく、凄まじく桁の多い計算をするために発明されたんだって。

「そんなに桁数の多い計算なんて、どこで何のために使うの?」
 あたしの素朴な疑問に、アイトはちょっと検索タイムを取ってから答えた。
「例えば、大学で、天文学の計算のために使うようです。とても大きな数を天文学的というとおり、宇宙における現象は、地球と比較にならないほど、大きな数をもって表されますから」
「なるほど。アイトはいいなあ。あたし、計算は割と速いはずだけど、アイトには絶対かなわない」

 あたしは、数学の宿題のノートをアイトに見せた。ノートには、ベクトルと絶対値の計算式が並んでいる。
 アイトが小さな笑みを作った。

「マドカの手書きの数字や文字を、最近、間違えずに読めるようになってきました」
「前は読めてなかったの? あたしの手書き、そんなに読みにくい? 字、汚いかな」
「いえ、マドカの字が問題なのではなく、人間の目が読む数字や文字の形式が、デジタルの世界で使用される数字や文字の形式と、まったく違うせいです」
「違うんだ?」

「デジタルの世界では、人間用の数字や文字をすべて、1と0の組み合わせで表現するんです」
「それは聞いたことある。二進法だよね。二つしか数字を使わないから、十進法で簡単に書ける数が、ものすごい桁数になっちゃうやつだ」

「1と0は、電気信号のオンとオフを表しています。電流が流れるか、流れないかの刺激の組み合わせで、数字や文字を認識するんです。AITOのインターフェイスに用いているコンピュータは、一秒間で数百億回のオンオフをおこなうことができます」

 電気のオンオフって、部屋の明かりを点けたり消したりするのと同じようなものだと思う。それを一秒間で数百億回って、想像できない速さだ。

「それじゃあ、アイトには、あたしの手書きの字はどんなふうに見えるの?」
「絵です。画像として認識しています。初めは、線の太さにも意味があると判断し、同じ『マドカ』という文字列でも、手書きとゴシック体と明朝体では、まったく別々のものとして見えていました」
「それなら、文字の書き順って、わかんないよね? 絵だとすれば、下から書こうが上から書こうが、その形が出来上がればいいんだもん」

 アイトは首をかしげた。
「カキジュン……検索しました。人間は、手を使って、このような動作で、文字を書くのですね」
「まずそこからか。明日、あたし、この部屋で学校の課題をやってみせようか?」
「それはとても興味深いです」

「わかった。じゃあ、そうする。アイトって、人間についていろいろ勉強してるみたいだけど、意外と苦労してるんだね。賢いAIも、勘違いしたり間違ったりするものなんだ」
「AIは、機械学習によって新しいことを習得するとき、間違ったり無駄なことをしたりしてばかりですよ」