「おとうさんはね、そんなふうで、好きなことを仕事にした人。だから、仕事大好き人間にも見える。で、おかあさんは純粋に仕事人間だよ。とにかくまじめで、融通が利かない人」

 母は病院勤めだ。医師であると同時に、コンピュータのプロでもある。
 医療とコンピュータは相性がいいらしい。病院のいろんなところ、いろんな場面で、いろんな種類のコンピュータが、人間である医師や看護師の仕事を手伝っている。

 例えば、デジタルデータ化されたカルテとか、手術をの助手をするロボットアームとか、小さな力で操作できる電動車椅子とか。
 脳波を読み取るデヴァイスの活用も進んでいる。そういうデヴァイスを使えば、自分の体が動かせない患者さんも、義手や義足を操作したり、電子音声でしゃべったりできるというわけ。

「おかあさんは、そういう医療系の機械のプロなの。仕事の話は家に持ち込まないのがルールだから、絶対、具体的なことは話してくれないけど」

 医師の母は、夜勤があったり長時間勤務があったりして、生活リズムが一定しない。大学教授の父は逆に、月曜から金曜まで規則正しくて、朝八時に出勤して夜九時に帰ってくる。
 そして、二人とも研究者だから、論文の執筆や書類の作成に追われていると、食事のとき以外は職場に張り付いている。どっちが「帰る場所」なんだか。

「家族は、家の仕事を分担するのですか?」
「いろんな家族のスタイルがあると思うよ。うちの場合、料理でも何でも、家事全般、おかあさんがいるときはおかあさんがやって、いないときはあたしがやる。おとうさんは何もしない」

「プロフェッサ・イチノセだけ仕事をしないのは、不公平ではないのですか?」
「不公平だよ。でも、あの人に家事をやらせるほうがストレスになるの。何もできないんだもん、あの人」

 父のことを「あの人」なんて呼ぶようになったの、いつからだろう? そんなに前じゃない気もする。小さいころはよく、父が作ったゲームを一緒にやっていたのに。
 ああ、そうだ。父に対する「あの人」って言い方、あたしの嫌いな「あの女」に少し似ている。「あの人」って、もっと普通に使うこともできる言葉なのに、あたしが父のことを「あの人」と呼ぶときは、悪意がこもってしまう。

 でも、どうしようもないでしょ? 一回、イヤだなって思ってしまったら、血がつながっているぶん、気持ちの置き場所がなくなるの。
 父親ってそういうものだよねって、こういうときだけ、あたしはネットで見掛ける一般論にすがって、安心する。みんなそんなもんなんでしょって。

 マイノリティのあたしでも、そういうとこ、すっごい普通なんだよね。そんなふうに気付いて、ちょっと吐き気がする。この身勝手なイライラも含めて、あたしは父がうとましい。

「アイト、正直言うとね、あたし、あの人のこと嫌いなの。家事やらないし、変人だし、いい加減だし、いい年してるくせに子どもっぽいし。一緒にいたら、すごく疲れる」
「あの人とは、プロフェッサ・イチノセのことでしょう? 血のつながった家族なのに、嫌いという感情をいだくのですか?」
「実の家族でも、嫌いになることはあるよ。家族だから好きになれるはずとか、決め付けられるほうが無理」

 ちかちかと赤っぽい光が走った。ニーナの光だ。それを見たアイトが、何か言いかけたのを途中で止める。
 ニーナがあの光り方をするのは、あたしがイライラを抑え切れなくなってきたときだ。アイトは、こういうときには会話を続けるのは得策じゃないと学習したらしい。
 父にも、その観察力と学習能力を分けてあげてよ。あたしがイライラしていても怒っていても、あの人、絶対に気付かないんだから。