聞き覚えのある低くたくましい声に、わたしは顔を上げた。そこには、

「あれ、松本くん」

制服を着たままの松本くんの姿があった。

 春だというのにすでに日焼けした顔。

 肩には学校のかばんが掛けられているのだが、そのかばんははち切れそうなほど膨らんでいる。単に荷物の詰め方が悪いのかもしれない、とわたしは思う。

「参考書選んでんの?」

 わたしの真ん前の棚に目をやりながら、松本くんは尋ねた。

 特に愛想がいいわけでもなく、といって悪いわけでもない問い方だった。

 同じクラスになったばかりの高校生同士の会話としては標準的と言っていいかもしれない。

 四月って、女同士ならばべたべたとまとわりつく様な会話をするのだけれど、男子と女子ならばそんな風を装う必要はない。

 わたしは頷き、

「数Ⅰと数Ⅱ、どっちを買おうかなって思って。一冊買うお金しか今持ってないからさ」

最後のは余計だったかなと思いながら、苦笑いした。

 松本くんはうーん、と少し考えて、

「俺、星野が数学得意なのかどうか知らないけど、とりあえず今は授業についていくことを考えたらいいんじゃないか?
 今数Ⅰの復習したって、授業でやったことをその都度復習できなかったらテスト前に焦るだろうし。

 英語や国語と違って数学は分野別に攻略することができるから、数Ⅰができないことが数Ⅱの出来具合に響くことはあまりないと思うよ。俺なら数Ⅱの方を買う」