「どうして、松本くんはわたしなんかのことを知っていたんだろう」

 ぽつり、とこぼれるようにして出たわたしの言葉に、小神は耳ざとく反応を示した。

「『わたしなんか』、と卑下するほど、あなたは下らない人間ではないはずですよ。
 私から見てあなたは大変魅力的な人物です――数学がもう少しできるようになり、もう少し規則正しい生活をし、もう少し先輩を敬う癖さえ付ければ」

 さりげなく駄目出しされたんだけど……。

「さて、あなたにとっての最大の疑問は、なぜ一年生のその時期に松本くんがあなたのことを知っていたか、ですね。それは私が見た松本くんの夢の内容をお話すれば納得いただけるはずです」

 そこで小神は――珍しいことに……本当に珍しいことに、ふっと笑みをこぼした。

 もちろんそれは決して顔を崩して白い歯を見せるようなものではなかった。

 ほんの少し目を細め、口元を緩めるだけの笑みである。

 しかしそれは紛れもなく微笑だった。

 出会って以来、いついかなる時でも無表情を貫いてきた男の見せた新たな表情に、わたしは自然と目を引き寄せられる。

――この人は誰だろう。

 誇張でも何でもなく、その時の小神の顔は全くの別人に見えた。

 ただの変人奇人まるだし男のそれではない。まだ大人になり切らない、青春真っ盛りの男子高校生の一人といっていい風貌に、知性と論理性をエッセンスとして加えたような表情、とでも言えばいいのだろうか。