「ちょっと、殿村くん。近付くなって、この前言ったばかりでしょ?」

 教室前に着くと、先に来ていた頼子が寄ってきて、腰に手を当てて殿村くんを睨んだ。

「なんだよ、今町。ヤキモチもいきすぎると可愛くないぞ」
「直ちに目隠しされて、血を抜かれる錯覚実験でも受けてください」
「それ、結局死ぬやつじゃなかったか?」
「あら、ご存じだったとは露ほども知らず」

 互いに乾いた棒読みの笑い声を上げているけれど、目は笑っていない。このふたりは仲がいいのか悪いのかよくわからないけれど、会話のテンポだけはいい。

「おい、殿。何朝練さぼってんだよ」

 ふいに、廊下を向こうから歩いてきた隣のクラスの男子が、殿村くんの肩に手を置いた。

 身長も高くガタイもいい彼に、
「おはよ。朝練て今日からだったっけ?」
 と、とぼける殿村くん。