『わかった。ありがとう』

 そう言って本と本を交換すると、央寺くんはすぐ隣の席に腰を下ろして、ペラペラとページを捲りはじめた。顎に手を置いて頷いているのを見て、私も“将棋入門”を数ページ読んでみる。ルールや駒の使い方などが書いてあり、なるほど、私が持っていた本よりも初心者向けで格段に読みやすい。

『姫野ってさ、俺のことオウジって呼ばないよな』

 本を読んでいるのかと思いきや、ふと、央寺くんがそんなことを言ってきた。私は、『え?』と言って、“将棋入門”を閉じ、央寺くんに顔を向けた。すると、央寺くんも途中だった本を開いたまま、私へと顔を上げる。

『クラスのみんな、俺のことオウジって言うのに』
『あぁ……うん、私も“ヒメ”ってあだ名で、それが本当に嫌だから……』
『そういえば、そう言われてるね』

そこまで話して、央寺くんはちゃんと姫野って呼んでくれている、ということに気付く。まぁ、今日初めて名前を呼ばれたわけだけれど。それに、“そういえば”と言われるほど、私に関心がなかったということでもある。