「……何? これ」
「マニュアル。お客さんへの受け応えとか、面倒な場合のレジ操作とか、俺が最初で手間取ってたことをまとめてみた。店長はよくも悪くもいい加減だから、こういうの作ってないし、見て聞いて覚えろって人なんだけど、姫野はそういうタイプじゃなさそうだから」
「た……大変だったんじゃ……」

 折りたたまれたそれを開いて、一枚一枚めくりながら尋ねる。ざっと目を通しただけでも、細かくいろいろなことが書かれているのがわかる。

「二、三日でできたし、そんなに手間はかかってないよ。誤字脱字があっても見て見ぬふりして」
「あ……」

 もしかして、将棋の途中で寝落ちしてたのって、これを作ってたからじゃ……。いくら教育係を任せられているからって、ここまでしてくれるなんて思ってもみなかった。

「ご、ごめんっ、こんな……」
「……じゃなくて」
「あ……ありがとう」
「はい」

 そこまで話すと、お客さんが来店する音が鳴った。だから、央寺くんが一瞬微笑んだような気がしたのを、ちゃんと確かめることができなかった。

「い、いらっしゃいませっ」

 単純だ。私の声は、ほんの少しだけ大きくなったような気がした。