弟の話をしたのは、あの時だけだ。央寺くんが覚えていたことに驚きつつも、
「央寺くんは? おじいちゃんと……」
 と聞き返す。

『死んだ』

 あっさりと言われ、
「……そうなんだ」
 そう返すことしかできない。

『だから、今、将棋さす人が家にいなくて。てか、友達にもできるやついないし、姫野は貴重』
「うちも弟はとっくに将棋に飽きちゃったし、私は本で解説見て、ひとりで勉強してるだけだから、対局できて……楽しいかも」
『将棋の勉強?』
「うん、バイト代入ったら、また新しい本買って、戦法の勉強しようかなと……」
「どおりで強いはずだね、姫野」
「負けたけど……」
『俺はじいさんに叩きこまれたからね。そういえば小学校の時、対局中によく居眠りして、じいさんにしょっちゅう叩かれてた』

 想像し、駒を手のひらで握りしめて「ふ」と微笑む。央寺くんは、おじいちゃんっ子だったのだろうか。

『没頭して頭使いすぎて眠くなるのかもな。おかげで快眠だよ、最近』
「そっか……」

 それならよかった。意味がないと思っていたけれど、私でもちょっとは役に立っていて。