養蚕業、というもは大変儲かる職なのか、夕餉は大変豪華であった。


 唐辛子で味付けされた煮魚の料理。温かな卵の汁物。玄米に菜っ葉の漬物。桑の実。それはそれは、食べごたえのある量で、しかもリオの手料理。飲み物は烏龍茶。

 ユンジェはもろ手を挙げて、箸を取った。
 これで酒さえあれば最高だったのに、と呟くジセンだが、あてない旅をしている二人にとって、本当にこれはご馳走であった。

 こんなにしてもらって良いのだろうか。ジセンの気前の良さに、少々申し訳なく思ってくるのだが。

 しかし。彼は誰かと共に食事ができる、この時間が幸せなのだと語る。

「こんな機会でもないと、僕と食事を取ってくれる人がいないんだ。今はリオやトーリャさん達がいるから、さみしい食事を取らなくて済むんだけどね」

 そういえば、ジセンの家にはリオやトーリャ達以外、誰もいないようだ。広い桑畑や養蚕所を見る限り、もっと多くの人がいても良いと思うのだが。

「養蚕農家はね。この土地じゃあ嫌われているんだよ。蔑まれている、というべきかな。儲かる仕事ではあるんだけど」

「どうして? 近くの織ノ町は織物を名産にしているんだろう? 養蚕農家がいないと、貴重な糸が取れないのに」

 ユンジェが尋ねると、ジセンが苦々しく笑う。

「虫を扱うからさ。織ノ町の人間の多くは、成金商人や小貴族だからね。綺麗な織物ばかり目にしているせいか、蚕を気味悪がるんだ。それを触っている養蚕業を汚いと、『その程度の人間』と、でも思っているんじゃないかな」

 その程度の人間。それはどの程度の人間を指す意味合いなのだろう。ユンジェは萎れている菜っ葉の漬物を見つめる。

「蚕は糸を作ってくれる。死骸は動物の餌や、人間の食料になる。冬虫夏草(とうちゅうかそう)にだって姿を変えてくれるし、時に漢方といった薬にもなる。とても素晴らしい虫なんだけど、この土地の人間は理解してくれない。気味悪がるばかりだ」

 そのせいで、この土地の養蚕農家は肩身の狭い思いをしているとジセン。

 区別されることも少なくなく、世継ぎを得るにも苦労しているとのこと。それに耐え兼ね、土地を飛び出す人間も多いそうだ。

 ジセンの姉弟もそれで、上と下に姉と弟がいたそうだが、各々逃げるように嫁いだり、傭兵を目指したり、と理由をつけて家を離れてしまったという。

 ジセンは姉弟と違い、昔から蚕に魅せられていた。ゆえに、この家業を継いだと語る。

「昼間は訳ありの人間に来てもらって、仕事を手伝ってもらっている。多くは夫を失った女性だけど、みんな良い人だ。女は強いよ、力仕事だってこなしちゃうんだから」

 彼が隣に座るリオに視線を流す。やや申し訳なさそうに眉を下げた。

「リオもすごく働いてくれているんだ。ただ僕の家に嫁いでしまったせいで、町へ行くと敬遠されることも多い。しかも僕は三十五、若くもない」

 すると、彼女は猛反論した。

「私はいつも言っているでしょう。この家に嫁いで良かったって。ジセンさんは優しいし、貧しい私の家にも良くしてくれている。今だって、故郷が焼けたお母さん達の面倒を看てくれている。私の友達が困っていたら、手を差し伸べてくれる。貴方は素敵な人よ」

 感情的になるリオは、ジセンの後ろめたい態度に不満があるようだ。妙にムキになっている。
 それを見守る母親のトーリャは、苦笑いを浮かべていた。娘の主張に思うことがあるらしい。

 ユンジェは漬物を咀嚼して、それを見守っていたが、ふとティエンに視線を投げて疑問をぶつける。

「なあティエン。俺達、農民も上の人間にとって汚いのかな?」

 ユンジェのいた故郷でも、農民は商人に軽視されたり、蔑まれたり、と不当な扱いを受けていた。農民は土を弄る。土を触れば小汚くなる。その格好で物売りをする。みな、生きるために必死だった。