「おや。お前さん、『ユンジェ』という子じゃないのかい?」


 それは立ち寄った織ノ町で、生活物資を補給していた時のことだ。

 織ノ町は紅州一の絹織物の町で、きらびやかな布や、それに関する多種類の糸をたくさん売っている。小さな町ではあるが活気があり、朝も早くから賑わう声で満たされていた。

 いつものように『世間話』をしながら香辛料を買っていたユンジェは、突然、身元を確認してくる女店主に驚いてしまう。

 己の名前は隣に立つティエンが呼んでいたため、耳に入ったのだろうが、聞いたところで流されるだけのはず。

 なのに、女店主はユンジェの名前を耳にするや、確認を取ってきた。
 ユンジェはティエンと目を合わせ、ほぼ条件反射のように「なんで」と、聞いてしまう。

「やっぱり。お前さんが尋ね人の『ユンジェ』なんだね。ああ、良かった。お兄さんが探していたよ」

 目をひん剥いてしまう。ユンジェに兄なんてものはいない。如いて挙げるのであれば、ティエンが兄に当たる人物だ。

 けれど女店主はユンジェの姿を見て、目元を指で押さえた。
    
 はやくお兄さんに会ってあげるんだよ、と言って竹簡を差し出してくる。生憎、ユンジェは簡単な字しか読めない。

 そこで、ティエンに紐解いてもらい、中身を読んでもらう。

 連なる竹簡には商人達のお願い事が書かれていた。


『尋ネ人回覧願イ。紅州ノ土地、生キ別レ弟アリ。出身笙ノ町。名ユンジェ。報酬有』


 要は生き別れた弟を探しているため、この伝書を知り合いの商人に回して欲しいとのこと。

 ユンジェは顔を引き攣らせた。

(俺が商人と世間話で『行き先』をうやむやにしている行為を、逆手に取ってきやがったなっ)

 こんなことをするのは、天士ホウレイの兵しかいない。

 おおかた、ユンジェの行動を読み、子どもを『尋ね人』として商人達の間で広めたのだろう。

 商人の連絡網は広い。
 取扱う商品によっては、町単位となる。そこに竹簡をばらまけば、運ぶ品と共に、それは広がっていく。必ずどこかで知らせを受けると、相手は踏んだのだ。

 兵達とて馬鹿ではない。いつまでも翻弄されては時間を食うだけだと、こんな手を打ってきたのだろう。

(くそっ、やられた。俺の名前を使うってのが、またやらしいぜ)

 ティエンの名前を敢えて使用しなかったのは、ユンジェが率先して商人と話すと分かっていたからだ。
    

 彼は他者に消極的な姿勢を見せ、殆ど商人と話さない。『尋ね人』の竹簡を商人に回しても、得られる知らせは少ないだろう。

 ユンジェを『尋ね人』にする方が反応も良いはずだ。

 ああ、こんな小賢しい手を考えたのは十中八九、彼に違いない。

「お前さん。先方、笙ノ町で起きた大火事件の生き残りだそうじゃないか。ここを訪れた、カグムという男が話してくれたよ。謀反兵達の暴動から逃げる途中はぐれてしまって。大切な弟だって、切羽詰まっていたねぇ」

 予想通りだ。ユンジェは頭を抱えたくなった。

(せめて、ハオの名前を使えって。カグムが俺の兄なんて名乗ったら)

 竹簡の軋む音が聞こえた。

 恐る恐るとティエンを一瞥し、ひっと声を上げそうになる。
 彼は無表情であった。しかしながら、その目に怒りと憎しみを宿し、宙を睨んでいる。美しさと憎悪がまみえると、美人の顔は化生となるようだ。

「友、居場所、命の次は家族を奪うつもりか。カグムめ。どこまでも舐めてくれる」

 その顔で綺麗に笑うものだから、総身の毛が逆立ってしまう。血の気が引いてしまうほど、彼は恐ろしい顔をしていた。


(カグムの奴。ティエンの弱点をわざと刺激して、弄んでいるだろ。誰があいつの機嫌を取ると思っているんだよ)