見回る兵士らの隙を突くため、サンチェは幼子らを木箱裏に置いて、出門の方へ走る。
屋敷近くのかがり火に目をつけると、脚を蹴り倒し、急いでその場から逃げた。一斉に兵士らの視線を集めたところで、サンチェは幼子らを連れて出門へ向かう。
出門を潜ると幼子らと森は入り、逸れた者はいないか確かめる。
よしよし、全員いるようだ。後はこの子らを大人の目の届かない、安全な洞窟に連れて行くだけ。
さて、どこへ連れて行こうか。塒は襲われている可能性があるし、幼子らの体力を考えると遠くへ歩くことも難しい。
この近くに身を潜められるような、安全な洞窟はあっただろうか。
「はっ。噂どおりだな。この辺りには、働けそうなガキがうようよといやがる」
口から心臓が飛び出そうだった。
振り返ると汚らしい外衣を纏った、逞しい体躯を持つ無精ひげ男が二人ほど闇夜から現れる。
鎧も冑も纏っていない、みすぼらしい格好は青州兵の者ではない。夜を徘徊する追い剥ぎだ。その手に持つ、荒削りの棍棒がそれを物語っている。
闇夜にまぎれ、道を通る旅人や商人を撲殺し、身ぐるみを剥いでいるのだろう。棍棒はとても太く、丈夫そうだ。
男達はサンチェらを見て、目の色を変えていた。
舌なめずりをしているところから、子どもを人ではなく、財として見ている様子。なんて正直で卑しい大人だろうか。追い剥ぎをしながら、人買いもしているに違ない。
ああ、まったく、大人なんてこんな連中ばかりだ。
頼りのなくなった子どもを、ただの財として、物として扱う。自分の懐を温めるための道具とする。大人なんて、本当に醜く汚いものだ。
サンチェは幼子らを守るため、頭陀袋から葉っぱに包まれた塊を取り出した。
それはユンジェお手製の目つぶし。彼と一晩中、逃げ回った際に貰ったもので、いざという時、敵の視界を奪えと助言してくれた。
結局、使う機会はなく、頭陀袋に入れ込んでいたのだが、いまが、いざという時だろう。
「走れお前ら!」
サンチェは声音を張ると、ひとりに目つぶしを投げ、ひとりに捨て身で当たった。
恐怖に固まる幼子らだったが、「走る!」と、叫んだリョンによって、暗いくらい森の中を走り始める。
足の速いサンチェは、すぐに幼子らに追いつくと、三人の背中を押して、地面に倒れている腐りかけの木の洞へ無理やり隠した。
「お、お兄ちゃんも」
リョンが手招くが、生憎サンチェの体躯では出入り口に突っかかってしまう。
「いいかお前ら。俺が迎えに来るまで、絶対に音を立てるなよ。ここで大人しくしておくんだ。あいつらに見つからないことが、お前らの仕事だ。いいなっ」
不安に満ちあふれた眼差しに微笑み、「ぜってぇ戻ってくるから」と約束を結び、木の洞から離れた。近くの木から枝を折ると、わざと藪に入って音を出しながら走る。少しでも大人の気がこちらへ向くように。
(守らないと。チビのガキ達を守れるのは、俺しかいねーんだ)
それだけではない。
将軍グンヘイの手に落ちてしまったトンファを、願いと想いを託したユンジェを、サンチェは助けに行かなければならない。本当はあの時、あの瞬間に、どうにかしてやれたら良かったのだけれど、サンチェには守れる力など無かった。
いや、元々サンチェに守るなど大層な力は無い。ちょっと人より剣の稽古を積んでいただけで、その腕は大人に太刀打ちできるものではない。
サンチェは弱かった。
弱かったから、火だるまの納屋に閉じ込められた両親を焼け死なせ、子どもらのために菓子を盗もうとした姉を撲殺の目に遭わせ、風邪をこじらせて死んだチビ達を看取ることしかできなかった。
もしも、まことの強さがサンチェにあれば両親を燃え盛る納屋から救えたのに。姉の代わりに率先して菓子を盗んだのに。風邪をこじらせて死にそうになっているチビ達のため、強引にでも医者を連れて来たのに。
サンチェはいつも守れずに終わった。
そして、今も守れなかった者達がいる――もう守れなかった、という辛酸を味わいたくない。
(今度こそっ、今度こそ守るんだよ。隠れているチビ達をっ、捕まったトンファをっ、オトリになったユンジェの願いをっ)
いま、自分が逃げている行動は意味のあるものだと信じたい。彼らを守るための、助けられるためのものだと信じたい。ちっぽけなサンチェにだって、誰かを救える力があるのだと信じたい。
大人と戦うのは、いつだって怖い。
子どもと比べると、体躯も、力も、知識量も違う。足の速さだって違うし、頭の回転だって大人の方が上だ。それでも。