ソウハはカグムの太極刀を一瞥し、確信を得たように、ふうんと鼻を鳴らす。

 そして、力の限り太極刀を弾き、持ち前の九鈎刀(きゅうこうとう)をティエンへ向けて薙いだ。

 命を奪うための、容赦ない一太刀であった。餌食になれば、首から血しぶきが上がっていたことだろう。

 しかし、カグムがそれを許さない。


「二度目の忠告はないと思え」


 躊躇いなく、九鈎刀(きゅうこうとう)の軌道を左腕で変えると、渾身の一太刀を返す。彼の念頭に斬られる恐怖など無いように思えた。


 まるで、ユンジェが懐剣を抜き、ティエンを守る時のような、凄まじい気魄(きはく)を感じた。鬼のようにも、化生のようにも見えた。


「やはり貴様は、噂に聞く元王族近衛兵カグムだな」


 後ろへ飛躍したソウハは、九鈎刀(きゅうこうとう)に付着した血を振り飛ばすと、憮然とカグムを見据える。


「勇猛な心で主君に背を向け、一時期は悪名高き王子を討ったことで英雄とまで称えられた男が、まさか、また同じ主君を守る犬に成り下がっているとはな」


「英雄なんざ、二度と口にするんじゃねえ。胸糞悪い。あれのどこが英雄だ。六年も守っていた主君を逆心し、刃を向け、谷から突き落とした。それだけの姿を英雄だと呼ぶなら、俺は英雄そのものを否定してやる」


 それはカグムらしくない、けれど、カグムらしい憤った姿であった。

 ティエンはその姿に懐かしさを覚える。
 昔はよくあの姿を見ていたものだ。体が弱かったティエンは病で床に臥せていた。

 その度、呪われし王子の死を周りから望まれ、陰口を叩かれた。誰もが死を求めた。

 なのに、彼はそれを耳する度に怒ってくれたものだ。ティエンの分まで怒れ、物に当たり散らし、よく部屋を荒らされた。ああ、懐かしい。


(カグム、本当のお前はどれなんだろうな)


 ティエンと六年間、友として過ごした、あれがまことの姿なのか。

 それとも、ティエンに刃を向け、谷から突き落としたあれこそが、まことの姿なのか。

 はたまた、今のように己を守り、輩に敵意と怒りを抱く姿こそ、まこと、なのか。

 ユンジェの言葉を借りるのならば、考えれば考えるほど、分からなくなる、だ。

 きっと、ティエンひとりでは、いつまでも答えは出ないのだろう。答えを知っている者に聞かなければ永遠に、この答えは謎のままだ。


「おいおい。貴様ら、楽しそうなことしてるんじゃねえぞ。俺も参戦したくなるだろうが」


 ゆるりと腰を上げたリャンテが、愛刀を帯に差して、不敵に口元を緩める。その眼には、揺るぎない闘志が燃えていた。根っからの戦好きなのだろう。

 とはいえ、時と場合は選ぶようで、彼はソウハに武器を収めるよう命じた。

 今は第三王子ピンインの首を討ち取るところではない。あくまで、此方の目的は懐剣の使いだ。

 そのために将軍グンヘイと面会も果たした。これから先は、懐剣の使いの足取りを追いつつ、どう最高の場面で兄弟らと衝突し合うか、そこが大切だとリャンテ。

 すると。あきれ顔のソウハは九鈎刀(きゅうこうとう)を鞘に収めると、平坦な声で進言した。

「ならば、少しは焦られて下さい。単独行動ばかりされて……第二王子、第三王子が懐剣の使いを手にし、第一王子のみ未だ手に入れていない。すでに値踏み好きな王族は、貴殿の価値を下げております」

「言わせておいけばいい。どうせ、老いぼれどもの戯言だ」

「危機感をお持ちください。幾ら第一王子といえど、使いがいるのといないとでは、王位継承権を得る差が出てきます。ああ、なぜ、あの時、子どもを見送ったのか。なんのために、青州へ赴いたと思うのですか」

「また始まった。ソウハ、貴様は本当に口煩いな」

「口煩くもなります。我々はすでに二度もリーミンを見逃しているのですよ。一度目はあっ、お待ち下さい。まだお話は終わっていませんよ」

 お小言を漏らすソウハを差し置き、リャンテは馬の下へ向かってしまう。

 その間、ティエンらは動くことができなかった。隙を見て背中を斬る気持ちにすらなれない。否、相手の隙が見えないのだ。少しでも剣を抜き、その身を斬ろうとすれば、きっと返り討ちに遭う。

 と、馬に乗ったリャンテが手綱を引きながら、ティエンにこのようなことを言う。


「愚図。麒麟の使いは、所有者の人格が大きく影響する。一説によれば、国に望む姿とも云われているそうだ。農民と名乗る貴様は、あれをどんな姿にするんだろうな。どうも、貴様は使いと誤った在り方をしているようだが」


 好戦的な眼を向け、輩は馬の腹を蹴って、嵐のように去って行く。いずれ、黎明皇の座をめぐり、剣を交えよう――そんな、けったいな言葉を置き土産にして。