亡びの町が死の町と化している。


 地下貯蔵庫から出たユンジェが思った、最初の感想はこれであった。

 あれから、どれほどの時が経ったのか。戦の音が途絶えても地下貯蔵庫に閉じこもっていたユンジェ達は、欠けた月が真上に昇った刻に、ようやく地上へ出る決断をした。

 もしかすると夜戦に突入しているかもしれないので、極力火は持たないよう心掛ける。

 とはいえ、視界が利かない暗闇を歩くのは危険だ。
 倒壊した家屋の石に足を取られて、足を挫くやもしれない。
 そこでユンジェは頭陀袋から筆を取り出し、小さな松明を作って、先導するカグムに渡した。木の棒で作るより、目立たないと思ったのだ。

 けれど。それは杞憂であった。

 地上に出ると、生きている兵士達はそこになく、町の中は死んだ兵士ばかり残っていた。青州の兵も、白州の兵も、みな事切れている。

 いや語弊がある。

 死人に合わせ、息のある兵士も残っていた。
 それらは深手を負っている者達であった。一刻も早く手当てをしなければならない者達だった。

 なのに、町に置き去りにされている。
 間もなく、その者達も事切れている兵士達と同じ道を辿るだろう。

 静寂に包まれている町には、夜風とうめき声ばかり満たされた。
 先頭を歩くカグムと、最後尾を歩くハオがその兵士らに目を向け、苦言を漏らした。

「いつ見ても胸糞悪いな。出血さえ止めれば、助かる兵士もいるじゃねえか」

「その内、青州の王族兵が来るだろうさ。もう、手遅れになっているだろうがな」

「……くそ。今じゃないと意味ねーんだよ。今じゃないと」

「そういう国だってことは、分かっているだろう。ハオ」

 ユンジェには二人がどういう気持ちで、兵士達の屍を、負傷者を見ているのか、一抹も分からない。

 ただ会話の声で、憤りと悔しさを感じ取ることができた。同じ兵士として、強く思うことがあるのだろう。哀れみを抱いているのやもしれない。

 闇夜から聞こえてくる、地を這ったようなうめき声に耳を傾ける。
 生気のない声は死人のよう。苦しみから解放されたいと言わんばかりに、いつまでも、うめいている。なんて地獄だ。

 両兵がいないことを、しかと確認すると、カグムは小さな松明を捨て、折れた槍の柄を拾い、それを松明とした。

「ユンジェ。この近くは安全か?」

 尋ねてくるカグムの声が、本当にかたい。
 気付かない振りをするユンジェは、かぶりを縦に振り、嫌な感じはしないと返した。


「そうか。なら今のうちに町を去ろう。いつまでも、ここには……あれは」


 松明を持つカグムが走り出すので、ユンジェ達も急いで後を追った。
 珍しい。いつもなら慎重に動くというのに、今のカグムはなりふり構わず走っている様子。

 半壊している外壁の前で足を止めると、彼は片膝をつき、松明を地面に突き刺して、消えそうな息を繰り返している兵士を抱き起こした。
 白州の兵のようだ。軽く頬を叩き、ミンイ、ミンイと名前を呼んでいる。顔見知りなのだろう。

 程なくして、兵士ミンイは重たい瞼を持ち上げた。何度目かの瞬きの後、カグムの顔を見つめ、力を振り絞るように口角を持ち上げた。

「カグムじゃないか。夢みたいだ。また、こうして話せる日が来るなんて。訓練時代を思い出すよ」

 彼はカグムと仲が良かったのだろう。ずっと心配していた、と言葉を投げた。

「お前が黄州の兵になって。王族の兵なって。ピンインさまの近衛兵になって。すごいなぁって思っていたら、お前……将軍らに、いいように使われているって聞いて」

 咳き込むミンイを診るために、ハオが両膝をついた。