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「カグム。あの町は止そう」

 ユンジェが道の変更を要求したのは、陶ノ都が見えてきて、すぐのことであった。

 そこは焼き物が盛んで、器から壷まで様々な形をした焼き物が売っている。
 町よりも大きいそこは、商人や貴族の出入りも多く、みながみな珍しい焼き物を手に入れようと、足を運ぶのだそうな。

 そんな目利きには堪らない都が、ここ陶ノ都だという。

 ユンジェは町よりも大きな集落を見たことがなかったので、とても楽しみにしていたのだが、都が見えた瞬間、嫌に鼓動が高鳴った。呼ばれる声も聞こえた。恐ろしくもなった。

 訳が分からなくなり、ユンジェはカグムに馬を止めてくれるよう頼んで、あの都を必死に拒んだ。


「俺はあそこにティエンを行かせたくないよ」


 馬から降りて、そう主張するとカグムは都の危険性を把握した。
 けれども、こうなることも予想していたようで、ユンジェに説得を持ち掛ける。

「青州と紅州の境にあることもあって、都には王族の兵も入り浸っている。お前が嫌がるのも無理はない」

 だったら、なおさら道を変更するべきではないか。
 ティエンは王族の人間なのだから、顔を見られてしまえば、ピンイン王子だとばれてしまう。


 そうなれば大問題だ。カグム達とて、波風立たせたくないだろうに。


 だが、カグムはユンジェに言うのだ。

 あの都を抜けた先に関所があるのだと。正式に通るには、都で竹簡の許可書を頂戴しなければならないし、穴を通るにしても都は抜けなければならない。

 どのような手段を取るにしても、陶ノ都は回避できないとカグムは説明し、納得して欲しいと促す。

 ユンジェはかぶりを横に振った。どう言われようとも陶ノ都には行きたくない。

「青州に行かなきゃいけないのは、カグム達なんだろう? 俺やティエンは関係ない」

 今こそ逃げるべきなのでは。ユンジェは唸った。

「こらこらユンジェ。お前は一応、俺達に捕らわれている身の上なんだぞ。聞き分けよくしてもらわないと困るぜ」

「だって、本当に嫌なんだ。あそこは不気味だし、恐ろしいし、なんだか……俺、あそこに呼ばれている気がするし」

 それはどういう意味だ。カグムが尋ねてくる。
 自分にもよく分からないが、とにかく嫌なものは嫌なのだ。ユンジェはカグムに背を向けて腕を組んだ。

「はあっ、困ったな。ユンジェがここまで拒むってことは、都になんかあるんだろうが……こんなところで道草を食うわけにもいかない。ティエンさま、説得の手伝いをお願いできます?」

    
 このままでは、せっかく撒いた将軍カンエイの兵がここまで足を伸ばすやもしれない。

 その前に紅州を去りたいとカグムが言うと、ティエンが冷たい目で彼を見つめた。

 ユンジェの主張した通り、青州に行かなければならないのはカグム達であるため、二人には関係のない話だ。

 だが将軍カンエイの影が不安の種でもあったため、ティエンはハオの馬から降りると、行きたくないと駄々を捏ねるユンジェに声を掛けた。

「ユンジェ。私はお前に守られているから大丈夫。都に着いたら、さっさとこれを撒いて逃げよう。馬を奪う隙だって窺えるかもしれないじゃないか」

「そういう相談は我々の聞こえないところでするものですよ。普通」

 カグムの指摘を綺麗に無視し、ティエンが一先ず都へ行こうと提案する。
 そこでちょっとした贅沢をしてもいいじゃないか、と能天気なことを言うので、ユンジェは口を曲げてしまった。

 我ながら馬鹿だと思うが、贅沢には惹かれてしまう。

「……今までになく不安で、恐ろしいんだ。俺を呼ぶような声が聞こえる。もしも何か遭ったら。大きな災いだったら」

「私はすでに呪われているのだ。そんなものに負けるような男ではないよ。ユンジェのことも、ちゃんと守る。約束だ」

 守るのは懐剣であるユンジェの役目なのだが。少々の迷いが生まれたところに、カグムがとどめの一言を放ってくる。

「ユンジェ。都までティエンさまと馬に乗って良いぞ」

「えっ、本当に?」

 寸の間もいれず、返事してしまったことに後悔する。カグムは喜びを露わにするユンジェを、「ガキだな」と言ってからかった。

 彼は見抜いていたのである。ユンジェがティエンと馬に乗りたがっている、その心を。

 見る見る顔を真っ赤にするユンジェは、ガキじゃないと声を張った。
 はいはい、とカグムは頷き、「さみしかったんだな」と、幼子に言い聞かせるような口ぶりで笑う。

 そんなことない。食い下がると、彼は乗りたくないのか? と尋ねてきた。
 曰く、こちらはべつに無理やり連れて行っても良いとのこと。意地の悪い男である。

 ユンジェは目を泳がせると、小虫の羽音のような声で、ぽつりと返した。

「……ティエンと乗れるなら、いいよ」

「くくっ。素直でよろしい」

 どうしてこんな目に遭ってしまうのだろう。ユンジェは背後で笑っているティエンを強く睨み、一人ぶすくれてしまった。