二人が小屋に戻ったのは、明け方のことである。
 あまりにも帰りが遅いと思ったハオが、シュントウとライソウに馬で探してくるよう指示したのである。

 彼らはあっさりと、遭難したティエンとカグムを見つけ出した。
 曰く、しるべの草が(いざな)うように咲いていたのだとか。それを辿った先に、二人がいたそうなので、これは偶然なのか、それとも天の導きなのか。

 どちらにせよ、ティエンは無事小屋に戻ることができた。

 首を長くして待っていたハオは、二人の汚れ切った姿に大層驚き、尚且つティエンの怪我に対して、何をやらかしたのだとカグムに詰問していた。
 腕の傷は少々深かったようで、縫わなければいけないではないか、と怒声を上げていた。
 しかし。そんなことは二の次、三の次。優先すべきはユンジェだ。

 子どもは留守の間に、また熱が上がったようで、真っ赤な顔でうわ言を呟いていた。本当に危ないところまできているそうだ。


「ユンジェ。よく辛抱したな。もう大丈夫、熱を下げてやるからな」


 ティエンは煮詰めたカヅミ草の汁を、少しずつ子どもに飲ませた。
 それはとても苦いようで、一口飲むだけで咳き込み、ユンジェは吐きそうになっていたが、汁が無くなるまで口元に運び続けた。

 翌日の夕方になると、ハオの表情がとても明るくなる。子どもの額に手を当て、脈をはかり、呼吸を確かめて、ティエンに告げた。

「まだ熱は高いですが、安定しています。もう大丈夫ですよ。ガキは助かります」

 その瞬間、ティエンの全身から力が抜けていった。
 新たに煮詰めたカヅミ草の汁をハオに押しつけると、少し外の空気を吸ってくる、と言って小屋を出る。

 残されたハオは困惑した。

「外の空気って……ライソウ。ついてやってくれ。もう夕暮れだ。近くに獣でもいたら」

「待てハオ。すこし、あいつを一人にしてやってくれ。おおかた張りつめていた糸が切れたんだろ」

 止めたのはカグムだった。
 彼は苦々しく笑い、「あれは癖なんだ」と、肩を竦めて眠っているユンジェに目を向ける。

「あいつは何かあると、陰に隠れて泣くんだ。ピンインからティエンになっても、その癖は直ってねーな。よくもまあ、そんなんで簡単に屈しない、なんざ吠えられたもんだぜ」

「そういうお前は何かあると陰に隠れて、いつまでもぼんやりしているだろうが。辛気臭い面してよ」

 聞き手に回っていたハオは嫌味を投げ、押し付けられたカヅミ草の汁を木の匙で掬う。


「カグム。俺は他人に口を出さない主義だが、同志として助言しておくぞ――ちとお前は背負い込みすぎだ。黙っておくことが優しさだけじゃないと俺は思うぜ。寧ろ、そうされた方は『ずるい』って思うだろうよ」


 掬った汁を口に含んだハオは、苦味に顔を顰める。それを横目で見たカグムは、何も言わず、子どもの寝顔を見つめ続けた。





 外に出たティエンは、枯れ井戸の前で崩れていた。
 助かる、その一言に、内なるところで抱えていた不安や恐怖が消える。ああ、救われた気分だ。

(ユンジェが生きた。助かってくれたっ!)

 ティエンはユンジェと約束をしていた。強くなると、何か遭っても子どもを生かすと、守れる男になると。

 だから約束を果たすため、懸命に足掻き、己のやれることはすべてやり尽くそうと思った。
 将軍カンエイが追って来るならば、それを撒こうと躍起になった。熱が下がらないなら、下げるためのカヅミ草を見つけようと夜の山に入った。

 大丈夫。助けられる。
 己に言い聞かせていた一方で、もしもの未来を想像して、恐怖していた。どこかでティエンは自分自身を信じることができずにいた。

「やればっ、できるじゃないか。呪われた王子だって……やれば……」

 弱くて情けなくて、何もできなかった自分が、約束を果たせたのだ。少しは自身を褒めてやってもいいのではないだろうか。
 なにより、助かってくれたユンジェに感謝したい。よくぞここまで頑張ってくれた。よくぞここまで。

 ティエンは枯れ井戸に縋り、気が落ち着くまで声を押し殺した。時期に目を覚ますであろうユンジェには、笑顔で「おはよう」と、言いたいから。