「ていうか、今日はもういいんじゃね? 練習」
「え?」
 
相良くんは手に持っていたスマホを確認して、「もう、四時半だし」と言った。
たしかに今から弾いても集中できなさそうだし、それにすぐ……。

「だから、五分早めに俺の練習を始めるってことで」
 
あ、やっぱりそれはするんだな、と私は薄ら笑いをした。
 
それから相良くんは、ハノンを何度も何度も繰り返し弾いた。
やはり天才的な耳のよさで、前回弾いた私の演奏の音を覚えていた彼は、たどたどしくも間違えずに一音一音楽しむように指をはずませる。

心地よいメゾフォルテの単音の集まりが旧音楽室に響いて、私はちょっとだけ幼い頃のことを思い出した。

そういえば、私も自分の出す音がつながって音楽になることが、この上なく面白かったんだ。