「えっと、とりあえずドレミはわかるよね?」
「まぁ」
「楽譜は読める?」
「まぁ」
「じゃあ、まずは……」
「昨日、最初に弾いてたやつがいい」
「え?」
 
翌々日の放課後、自分の練習の後の、相良くんがいつもバス停へと向かう時間の10分前。
ピアノ椅子を挟んで立っている彼は、ハミングでハノンを奏でた。

同じく立っていた私は、目を瞬かせる。

一昨日ああ言われて悩みながらも、どうやって教えようか、どの曲から練習させようかと考えてきたというのに、私の計画は初っ端からへし折られた。

「これのことだよね?」
 
指慣らしとして有名なこの曲をさわりだけ弾くと、相良くんは、
「そうそれ」
と言って、ニッと笑った。