「……なに?」
 
指を止めて振り返ると、「なんでも」と言って意味深な目を逸らされる。

私は気にしないことにして、ハノンを最初から弾き直し、その後課題曲の練習を繰り返した。

相良くんのことは集中の外側へ追いやったものの、途中から私の意識は開いている窓の外へと引っ張られる。
今日、園宮くんに褒められたからだ。
 
もっと上手に、間違えずに、繰り返し聞いているCDみたいに正確に……。
そう思いながら、私は楽譜をめくる。

やればできないことはない。
そうして今までやってきた。
ほら、こんなに複雑な指の動きのエチュードだって。

「…………」

弾き終えた私は、今までで一番いい出来だったんじゃないかと思って、静かに高揚した。

声にも態度にも出さないものの、見られていないのをいいことに微笑み、心の中で「やった」と叫ぶ。