穏やかな空気が流れていたはずだったのに、沈黙が先ほどの緊張を引き戻した。
そういえば、私は彼にキスをされそうになったんだった。
 
私は速まりそうになる心拍を抑えるように、すうっと息を吸い込んだ。

「すごいよね、相良くんて」
「なにが?」
「ちゃんと前を向いてる感じが」
 
言いながら、鍵盤に手を添える。

「そんなことないよ。落ち込もうと思ったらとことん落ち込めるし、落ち込む材料なんて過去から引き出せばいくらでもある」
「……うん」
「ただ、それを繰り返したところでなんの役にも立たないし、その事実はなくならない。だから、考える時間がもったいない、ってそれだけ」
「ハハ。相良くんらしい」