「ウサギは? 今まで、なんのために弾いてたの?」
「さっきは、なんのために弾いてた?」
 
私の目から、涙が伝う。
 
コンクールで手が止まったのは、それがわからなくなったからだ。
求められている自分と、ここにいる自分と、本当の自分が分離して、内側にあったはずの目的が、外側のそれにコーティングされて見えなくなっていた。

「私は……純粋にピアノの音が好きで、楽しかった」
「うん」
「私が楽しいって笑ってる顔を見て笑ってる……お父さんとお母さんが、好きだったの」
「うん」
 
相良くんは、窓の外の木々を眺めながら聞いている。
でも、短い相槌に、たしかに温かさを感じることができる。