「こっちに越してきて、自暴自棄になってて、どうせ俺がピアノをしてたなんて知ってるやつはいないし、このままピアノから離れようって思ってた」
「そうなの?」
「うん。でも、えらく表面的で楽しくなさそうなピアノの音が聞こえたもんだから」
「……私?」
 
相良くんはそれには答えずに、
「しかも、調律狂ってるし」
と笑う。

その横顔は、見間違いかと思うほど優しかった。
彼は、いくつの顔を持っているのだろう。

「話をしたら、なんか昔の俺と一緒で、しかも自分で自分のことわかってないっぽいし。それに、優等生なのにアホだし」
「ちょっと」
 
ひどいことを言われている。
あからさまにムッとした顔を返すと、こちらを横目でちらりと見た相良くんは、ハハとまた笑った。