私は驚きのあまり身動きひとつできないままで、しばらくして静かに離れていった彼の顔をまじまじと見た。

「……ふ」
 
相良くんの笑った吐息が、頬をかすめる。

「ごめんね。失恋したばかりのとこにつけ込んで」
 
彼は、何事もなかったかのように立ち上がり、私の頭を二度ほどポンポンとした後で、音楽室を出ていった。
なにが起こったのか理解が追いつかない私は、閉じるのを忘れていた瞼をゆっくりと下ろして、また開く。
 
瞬きをしたことで頬を伝ったひと筋の涙は、なにに対してのものだろうか。

梢に水があたる音がする。
いつの間にか、外は雨が降り始めていた。