私は乾いた口を開いて、
「ピアノの先生からもらった過去のコンクール映像で見て……。それから、先生に事情を……少し聞いて……」
と、ぽつぽつと話した。

「へぇ」
 
相良くんは、今度は両手を鍵盤にセットし、かなりゆっくりとしたバッハの平均律を弾き始めた。
左手に合わせて、たどたどしくも確実に音楽が紡がれていく。

「左手を……怪我……したの?」
「うん。しばらく全然動かせられなかったんだけど、字以外は左手を使うようにしてリハビリして、ようやくこの程度」
 
皮肉じみた言葉でも、“ようやくこの程度”に至るまでの努力と、それを実現できたすごさを考えると、簡単に相槌を打つことができない。
スマホゲームも、そういえば左手でしていた。
 
スローなバッハが、私の涙腺を刺激する。
でも、涙を出すことは彼に失礼だと思い、必死にこらえる。