「第一楽章でいい?」
「あ……うん」
「はい」
 
言われた途端に始まった音楽に出遅れ、私は懸命に左手で追いつこうとした。

相良くんの右手はすごかった。
臨時記号のところや、複雑なメロディラインもなんのその、平然と指を繰り出して美しい音色を奏でる。

今まで一緒に弾いた曲とはレベルが違うから、ふたりで合わせる、なんてことが無謀だと思われたけれど、途中から私の指に彼が合わせてくれているのを感じた。
 
繊細で、ショパンのエチュードとも重なるハープのような旋律。
清らかな響きに力強さが加わり、だんだんと音色に胸に迫るものを感じてきて、涙がこぼれそうになる。

右手だけでも、素晴らしさがわかる。
強弱やタメやリズム、その他もろもろの表現力がセンスの塊で、圧倒的な差を見せつけられる。