「理穂ちゃん。やっと出てきてくれたわね」
 
ピアノ教室に着くと、先生は大げさに両手を広げて私を迎えた。

「ちょっとずつでいいから、頑張っていきましょ。音楽が気持ちも解放してくれるはずだから」
「先生、その前に……」
 
私はバッグの中からケースに入れたDVDを出し、「これ、返します」と言った。

「あら、これ、コンクール前に渡したものよね? いいのよ、あげるつもりで渡したんだから。ちゃんとコピーも取ってるし、おおもとのデータもあるのよ?」
 
なんとなく手元に持っておきたくないな、と思って持参したので、複雑な気持ちになりながらも、「はい」とまたバッグに戻す。
そして、ピアノを弾く支度をして、椅子に腰かけた。