ちゃんとは聞き取れないけれど、これは片手の単音じゃない。
ちゃんとした両手で弾いた響き……。

相良くん……だ。
 
そう思った私は、顔を前に戻して、きゅっと唇を結んで歩みを再開した。
バカにされていたという気持ちがよみがえってきて、その音を耳に入れたくない。
 
よかったね。
思う存分あの空間とピアノをひとり占めできて。
私みたいな中途半端がいないから、きっとせいせいしてるはずだね。
 
卑屈さが頭にも胸にも溢れそうなくらい充満して、私はとうとう小走りになった。