キッチンからカレーのにおいが漂ってきたことで、慌てて火を止めに行き、また戻ってきた私は、DVDを巻き戻して名前を呼ばれた場面を確認しようとした。

けれど、編集のせいだろう、名前を呼ばれて客席にお辞儀をするところはカットされており、ひとつ前の映像が切り替わると、すでに彼はピアノ椅子に座り鍵盤に手を置いていた。
 
信じられないものを見るような気持ちで、改めて曲の冒頭から食い入るようにテレビ画面を見る。
最初から繊細な曲の始まりは、彼が弾くとすぐにその場内の人を、いや、ここにいる私でさえも、たやすく彼の世界へ引き連れていく。
 
正確な音とリズムは絶対的で聴き手を裏切ることはなく、心が洗われるような澄んだ音色に安心して酔わされる。
強弱や伸びやかさ、そして絶妙な“間”が、まるで中学生のそれとは思えないような表現力で、他者との圧倒的な違いをこれでもかというほど見せられた。