相良くんは窓の桟から手を離し、ぴょんと私の右隣に座った。
弾く準備をすると、またペダルのところで足があたり、「そんなにくっつきたいの?」と冗談を言われる。
 
私は無視をして、「今日もサティでいいの?」と聞いた。
彼は「それでいいなら」と答えて左手を鍵盤に添える。
まるで、私が弾きたいならそれに合わせるよ、というような口振りだ。

「せーの」
 
今度は彼のかけ声で始まる音楽。
月曜日と火曜日同様、また一瞬で変化する旧音楽室の空気。

深まる秋を思わせるような繊細でメロウな音楽が、私と相良くんの指から紡がれていく。
椅子の軋む音も、ダンパーの音も、ふたりの呼吸さえも、まるでこの演奏の演出をしているかのようだ。
 
あぁ……この感じだ。
 
正確さじゃなくて、楽譜が云々ではなくて、自分と音楽に酔っているような心地よさが、指を繰り出しリズムを刻む。
 
私は、この曲への印象が、以前弾いていた時とはかけ離れているように思えた。