『緊張したのよね。でも、ほら、ちゃんと途中から弾き直せていたじゃない。よかったわ』
『途中まで完璧だったよ。たいしたもんだ』
『舞台の上では、なにが起こるかわからんからねぇ』
 
私には、だれがどう慰めてくれているのかさえ、もうわからなかった。
ただ、そこにお父さんがいないのはわかっていた。
あとから知ったけれど、すでにホールの外へ出ていたようだ。
 
おじいちゃんも、おばあちゃんも、お母さんも、私を腫れもの扱いするように慰めてくれながら、エントランスへと歩く。
今の自分に似つかわしくないドレスがシュルシュルと音を立てるのが、耳に煩わしかった。
 
演奏途中で真っ白になった私の頭の中は、あとからあとから黒に塗り潰されていき、帰り道に私に一切口をきいてこなかったお父さんのこともあって、家に帰り着いた時にはもう、真っ黒になっていた。
 
お母さんは、『理穂ちゃんに気を使っているだけよ、お父さんは』と耳打ちしたけれど、お父さんの顔に泥を塗ったという明らかな事実と、思い出す舞台上の恐怖に、私はなにも言わずに部屋にこもった。
 
昨日の日曜も食事以外は部屋から出ず、私たち家族の間には会話もなかった。