彩佳は思いやりがあって優しいから、過度に励ましたり緊張させたりすることもなく、「いつもの調子でできればいいね」とだけ言って微笑んだ。
その“いつもの調子”が、もはやよくわからなくなっていた私は、それでも、「うん」と微笑み返す。

「あ、相良くんだ。おーい」
 
美月の声に一緒になって顔を廊下側に向けると、相良くんが歩いていた。
手をぶんぶんと振っている美月に気付いたのか、彼はこちらに手を上げて教室の入口で立ち止まり、戸当たりに腕をかけ寄りかかった。

「元気―? 相良くん」
「元気元気。そっちは?」
「元気だよー。次、なーに?」
「体育。持久走」
 
顎を上げて「だりー」と言った相良くんに、「アハハ。頑張れー」と笑う美月。
「はーい」とヒラヒラと手を振って、彼は去っていった。
 
私の顔を一度も見なかった……。