「気になります。そう言われたからには」
「だから、“やっぱいいや”って言ったのに」
 
彼は気怠そうにソファーから起き上がり、首をしなだれさせた。
そして、ため息をつくと同時に立ち上がり、体を引きずるようにこちらまで来る。

「…………まず、これ」
 
ポーンと、鍵盤を一本指で押した彼。
急に間近に来られたので、椅子に座ったままだった私は、斜め後ろから鍵盤に伸ばされた手をよけて体を反らせる。

「あと、これとこれと……これ」
「…………」
 
続けて音を出されるも、私にはその音がずれているとは思えなかった。
手を戻した彼を振り返り、眉を寄せる。

彼は逆に眉を上げ、口をへの字にし、目を細めて私を見下ろした。
まるで、わからなければしかたないね、と言われているような気がする。

「以上。じゃあね、バスが来るから」
「あの」
 
ソファーに戻りバッグを肩にかけた彼を、私は咄嗟に引き止めていた。