30分ほど練習を続けた私は、背中で気にしていた彼をゆっくりと振り返る。
今まで音に包まれていた音楽室がいったん息をついたかのように窓から風が入ってきて、静かにベージュのカーテンを揺らした。
彼は、30分前とほぼ変わらない姿勢でスマホをいじっている。

「バス……何分なんですか?」
「4時50分だから……えーと、あと10分。それ逃したら6時半」
「そうですか」

それなら、もうそろそろ出るはずだ。
私ももうすぐ帰ろうと思っていたけれど、彼が音楽室を出てからにしよう。

「…………」
 
にしても……なにも言ってこないな、ピアノに関して。
べつに、上手だね、とか言われたかったわけではないけれど、普通ならなにかしら言うもんじゃないだろうか。

「あの……やっぱりうるさかったですよね?」
「うるさくはないけど」

けど? 
その語尾が気になって、私はじっと彼のつむじを見る。