「…………」
 
そこでようやく目が合った。
彼が枕バッグに首を反らせて、逆さまになった顔でこちらを見たからだ。

「いいよ、練習続けても。俺、バスの時間まで横になってるだけだから」
 
そう言ってスマホを取り出し、手慣れた指の動きでタップしだす。
ゲームの画面がわずかに見えた。

「…………あの」
「うん」
「なにしてるんですか?」
「ゲーム。あ、音消してるから、大丈夫だよ」
 
彼は画面から目を離さずに話す。

「いや、そうじゃなくて……なんで、ここで?」
 
彼が誰なのかは置いておくとして、この音楽室にいられたら集中できない。
正直、困るのだ。

「なんでって、だから、バスの時間まで時間があるから。ここ、ホント田舎だよね。俺んちが山の上だってこともあるけど、授業終わってから1時間も待たなきゃいけないなんて」
 
イントネーションがわずかに違うことに気付くも、私は、
「えっと……他にも1階の美術室とかありますよ? ピアノがうるさいだろうし」
と返す。