「あんまり前まで行くと落ちるよ」
「こんな場所があるなんて知らなかった。他の人も知ってるんですか?」
「知ってる人もいるかもしれないけど、来るときはいつもひとりで来るし、先客はいたことない」

桐谷先輩は、そう言って草の上に直で座った。そして、なにやらバッグの中をゴソゴソしている。

「へぇ……」

風景を見るふりをしながら、『いつもひとりで来る』というその言葉に、私は胸をくすぐられていた。ふたりだけの秘密みたいな感じで、この時間も空間も宝物入れにしまっておきたくなる。

「え? クレヨン?」

私は思わず声をあげた。桐谷先輩がバッグから取り出したものを見ると、スケッチブックとクレヨンだったからだ。

「うん。水島さんも使っていいよ、ここ置いとくから」
「え……、あ、……はい」

当たり前のようにそう言われ、紙もスケッチブックから一枚破って手渡される。そして、バッグを枕にして草むらに仰向けに倒れる桐谷先輩。1メートル横に寝転がる彼とぶつかるわけもないのに、私は突然のことに身をそらしてしまった。

「なんでもいいから、お絵描き」

桐谷先輩はそう言って、開いたスケッチブックを胸に乗せたまま、なぜか目を閉じた。一見、昼寝である。