「人物画描かない、っていうのと似てますね。描きたい、っていう特別な感情を持たせるような、心を動かす人物に出会えていないだけだったりして」

そのまま止まっていた彼は、ようやく瞬きをして、ふっと口角を片方あげる。

「そうかもね」

その返答が、自分のことなのに他人事のような肩透かしなものに聞こえて、私は余計にモヤモヤした。とりあえず、目の前に線を引かれたことはわかった。



バスを降り、住宅が並ぶ車通りのさほどない道を、少しずつ歩き始める。明かりがついている家、ついていない家。夕飯の匂いがする家もあれば、入浴剤の匂いがしてくる家もある。

私が見ているのは、日が落ちた直後の薄暗い空。とぎれとぎれに連なる雲が、まるで空のひび割れみたいに見える。割れ目がオレンジ色と群青を混ぜたような濃い色で、私を見おろしている。

私はさっき自覚したばかりだし、告白すらしていないのに、なぜかフラれたような気持ちになっていた。

もう見慣れた風景の、バス停ひとつ分の帰り道。今日はなぜだか、とてつもなく遠く感じた。