「水島さん、なんか、油絵うまくなってる気がする」
「そうですか?」
火曜日の放課後。バスまで残り10分。短い時間をコップとビンの絵にひたすら色を置く作業にあてていると、部長が話しかけてきた。
「うん。色に深みが出てきたというか、広がりが出てきたというか」
「……どうも。嬉しいです」
そう言いながら、心の底から嬉しいと思えていない自分がいた。だって、ようやく楽しいと思えてきた油絵が、最近またうまく描けなくなったから。満足のいく色にならなくて、歯がゆさのほうが先に立つ。
「ひゃっ!」
ガチャンと近くで音が散らばる。見ると、舞川さんが絵の具を床に落としたところだった。
「大丈夫?」
すぐにしゃがんで拾う手伝いをする部長。私も一緒になって拾うと、
「ごめんなさい。沙希ちゃんもごめんね。ありがとう」
と、アセアセしながら舞川さんが謝った。顔をあげると、ほれぼれするような可愛い顔。
そしてもっとあげると、ため息が出るほど美しいキャンバスが目に入る。
なんで……こんなにきれいに描けるんだろう。
「こんにちはー」
ちょうどそのとき、まり先輩の声がして、私たちは3人とも振り返った。
……あ。
「どーも」
まり先輩の元気のいい声とは対照的な、だるそうな声の主は、桐谷先輩。開けたドアをうしろ手で閉め、自分のキャンバスへと向かう。