「あー! 桐谷遥先輩ですよね!?」
その途端、中から聞こえたのは、振り返らずとも表情を輝かせているとわかる、舞川さんの声。廊下の私は美術室の入り口に背を向けたまま、その場に立ち止まる。
「私、ずっと前から先輩のファンで! あっ、今日仮入部した舞川陽奈子といいます。よろしくお願いします」
「どーも」
とくに抑揚のない、いつもの声。だけど私は、心のなかに急に泥水が侵入してきたかのような、嫌な感じがした。
「先輩と同じ中学だったんですよ、私。中1のとき、3年だった先輩の油絵を初めて見て感銘を受けて、それで自分も……」
続く舞川さんの嬉しそうな声をなぜか聞きたくなくて、私はそのまま振り返らずに靴箱に向かって歩き始めた。
この前、3年の女子が桐谷先輩と話していたときにも感じた、この言いようのないモヤモヤ感。せっかく絵を描いてリフレッシュしたはずの心が、あの日作った濁った色で塗りつぶされたみたいな気持ちになる。
靴に履き替え、校門まで足早に歩く。
……勉強、しなきゃ。
空が曇っているからか、まわりの景色もくすんで見える中、私はバス停へと急いだ。
その途端、中から聞こえたのは、振り返らずとも表情を輝かせているとわかる、舞川さんの声。廊下の私は美術室の入り口に背を向けたまま、その場に立ち止まる。
「私、ずっと前から先輩のファンで! あっ、今日仮入部した舞川陽奈子といいます。よろしくお願いします」
「どーも」
とくに抑揚のない、いつもの声。だけど私は、心のなかに急に泥水が侵入してきたかのような、嫌な感じがした。
「先輩と同じ中学だったんですよ、私。中1のとき、3年だった先輩の油絵を初めて見て感銘を受けて、それで自分も……」
続く舞川さんの嬉しそうな声をなぜか聞きたくなくて、私はそのまま振り返らずに靴箱に向かって歩き始めた。
この前、3年の女子が桐谷先輩と話していたときにも感じた、この言いようのないモヤモヤ感。せっかく絵を描いてリフレッシュしたはずの心が、あの日作った濁った色で塗りつぶされたみたいな気持ちになる。
靴に履き替え、校門まで足早に歩く。
……勉強、しなきゃ。
空が曇っているからか、まわりの景色もくすんで見える中、私はバス停へと急いだ。