「よし、と」

30分はあっという間だ。私はキャンバスをイーゼルごとうしろの方へ運び、片付け、帰り支度をする。

この前、メチャクチャなりんごを描いてから、なんとなく油絵が楽しく感じるようになってきた。無になることができて、頭がスッキリする。今描いているコップとビンも、自分の色が出せていて、ちょっとオリジナリティがあるじゃない、と自画自賛している。

「えぇっ! すごい、舞川さん。短時間でこんなに描けるの?」
「うわー、激うま……」

ワッと歓声がわいた方向へ目を向けると、部員たちが舞川さんのキャンバスのまわりに群がっていた。私も興味半分で、バッグを肩にかけたあとで覗きこんでみる。

「…………」

わ……、上手……。

写真を見ながら描いているらしい、女性の人物画。下絵に、少しだけ色を塗り始めたところみたいだ。デッサンの狂いのない下絵の美しさもさることながら、ちょっとだけ塗った色も、繊細で上品で技巧的な重ねられ方だ。センスというものだろうか。たったこれだけ見ただけでも、それが鮮烈に感じられる。

言葉が出なかった。「すごいねー」のひと言くらい言えるはずなのに、自分とのあまりの差に圧倒され、そして言い表しがたい別の感情もわき起こり、この場から逃げだしたいような気持ちになった。